2003年9月12日英米法第1部試験解説

I. このデータでは明らかに,ソロの弁護士が懲戒手続にさらされる傾向が高いのに対し,大ロー・ファームの弁護士が懲戒手続にさらされる傾向が低い。単純には,「大ロー・ファームの弁護士とは対照的に「エリート」ロー・スクール出身者の少ないソロの弁護士は弁護士倫理上の問題を起しやすい」と考えたり,逆に,「エリート弁護士層が,非エリート弁護士であるソロを狙い撃ちにしている(しかもソロにマイノリティが多いという点では人種差別の問題もはらむ)」とも主張されたりしているが,制度の点から説明するためには,「ソロの方が非行を起しやすい理由があるのか,あるいはソロの方が主たる懲戒申立人である依頼者から非行の誹りを受けやすい理由があるのか」,そして「大ローファームは非行の問題があっても懲戒申立を受けることなく解決することができているのか」ということを考えるべきである。もともと大ロー・ファームは依頼者が大企業などのrepeat playerであるのに対し,ソロの主たる依頼者がone-shotterであるとすれば,大ロー・ファームがお得意さんであるrepeat playerを大切にこそすれ,裏切るような非行はそもそも稀であり,他方,ソロの方では,依頼者の事件をうっかり放っておいたり,預り金を当座の経営のためにちょっとのつもりで拝借したり,といった誘惑はあり得ないことではない。しかもロー・ファームであれば,依頼者が問い合わせをしたときに,たまたま当該弁護士が不在でも,秘書が伝言を預かるシステムができていようが,ソロの場合はその点の連絡が不行き届きになり,依頼者の不信感を増幅させる可能性も高い。さらには,ソロの取り扱う事件が,離婚事件とか不法行為事件といった,依頼者にとって人格訴訟的な含みもあるものが多いことは,依頼者が一旦弁護士に不信感を抱いたときに,迅速な対処がなされないと,懲戒申立まで進む傾向が強いことも考えられる。他方,懲戒手続に進行させないということでは,大ロー・ファームであれば,依頼者からの苦情に対して早々に示談する(悪くいえば,金で口止めをする)ことも経費として甘受できるのであるが,ソロではそもそもそのための資金的な余裕がなことが考えられる。大ロー・ファームとて非行の問題がないとは考えられないが,むしろ依頼者のために違法行為またはすれすれの行為を行うといった類型の非行が多くありえるのであり,最近のエンロン事件などはそれをうかがわせる。

II. (1)と(4)の「大法官が三権のそれぞれで重要な役割を担ってきたこと」,(2)の「貴族院が最上級裁判所としての機能を果たしてきたこと」,(3)の「裁判官の任命が大法官中心に行われ透明性に欠けること」,をまとめればよい。大法官の三権分立上の問題はとくに,閣僚であって政権交代があれば当然に解任される大法官が,首席裁判官を頂点とする身分保障(Act of Settlement 1701)のある法曹一元の裁判官の上位に制度上位置する,ということによる司法の独立の問題がある。この問題は,たとえば1990年代以降の司法改革においては,Crown Prosecution Serviceの弁護士に法廷弁論権を与えることについて,幹部裁判官と司法改革の総責任者である大法官とが意見対立をするという事態に表われている。最上級裁判所については,貴族院といっても裁判組織としては,むしろ裁判官となるべき法律家を一代貴族として任命して裁判にあたらせており,一般の貴族が裁判をすることはない慣行が成立しているので,レヴェルの低い裁判が行われるという問題ではなく,貴族院の裁判官が当然に貴族院議員となる,ということからくる実質的または外観上の権力分立の問題,さらには司法の独立の問題であろう。裁判官の任命については,大法官自身以外のすべての裁判官の任命に大法官が実質的に関与し,さまざまな意見を聴取するとはいえ,最終的な決定がブラックボックスの中で行われてきたことが問題とされてきた。ただ,実際に任命された裁判官が裁判官としての能力に欠けると批判されることは稀(最近,有力議員の妻が裁判官に任命されたことが問題とされたときも,能力に欠けるとまではいわれていない)で,大法官としても,法曹一元制のもとで無能な者を裁判官に任命すると自分自身の評価まで落としてしまうことは当然知っている。それでも政治的配慮が加味されることは否定できず,透明性の確保が主張され,すでに大法官のもとに裁判官任命手続を監視する委員会が設置されており,今回の改革案はさらにその地位を大法官からも独立したものとするもののようである。

III. 「無罪」というのはhung juryや手続的な公訴棄却とは異なり,はっきりと陪審ないし裁判官が被告人を「無罪」とした場合である。イングランドでもアメリカでもその段階で二重の危険の禁止が及び,陪審の無罪評決を第一審裁判官が覆すこともできないし,訴追側は上訴することができなくなる。ただ合衆国憲法および州憲法によって二重の危険が硬性憲法化されているアメリカとは異なり,イングランドでは硬性憲法がないため,明確な立法によって訴追側上訴を認めることは可能である。実際,イングランドでは,Attorney-General(法務総裁)という最高幹部の権限として,Crown Court無罪評決からCourt of Appealへの上訴を,法律問題についてのみ,しかも上訴が認容されたとしても無罪という結果には影響を与えない,という限定付きで認めている。(量刑が甘すぎるという理由の訴追側上訴は,結果に影響を与える。)アメリカの場合の問題は,憲法上の二重の危険の原則があるとはいえ,その適用範囲が当該法域に限られていることである。したがって,ある州裁判所で当該州法上の犯罪としては無罪になっても,同一の行為について連邦裁判所において連邦法上の犯罪として,あるいは他州の州裁判所において当該州法上の犯罪として,起訴され有罪とされることは制度上ありえないことではない。異なる主権のもとでの訴追ということであり,各法のもとでの構成要件が微妙に異なることがあったとしても,実質的には二重起訴となるこのような解釈は批判を受けているが,合衆国最高裁の判例は確定しているといえる。

IV. 州公務員でない一般の被用者については,州際通商条項が根拠となる。第14修正1節のデュー・プロセス条項や平等保護条項が州を名宛人にしているため,state action(州の行為)を必要とされているのを受けて,それを実現するための合衆国議会の第5節の立法権限 も,state actionのみが対象となるとされる。したがって,州政府自身の行為や,州政府の立法や実務を背景として行われた私人の行為でないと,第5節の立法では規制できない。他方,第14修正1節では,故意の差別のみが違憲とされ,たとえば州が黒人の投票権の平等を侵害していることについての故意を証明するのは原告とされるのに対し,第5節の立法権限を用いれば,第1節の目的を実現するためのより広範な救済措置として,平等の侵害の効果を原告が証明すれば足りる,とすることができる。このように第1節の憲法上の要求を超える規制を第5節の立法でかけることは可能である。ただそれでも,第1節の権利自体を再定義することはできないとされ,あくまでも第1節の権利実現のための予防的措置のみが認められる。本件では,第1節が無給休暇を憲法上要求しているのではないが,第5節を用いて男女の役割分担のステレオタイプをなくすための立法をすることまでは認められた。純粋な私人による人種差別や性差別は,第14修正のもとでは規制できなくとも,もともとstate actionの要件のない州際通商条項を用いれば規制できる。ニューディール以来,州際通商条項は,州際通商に実質的に影響を与える(substantially affect)事柄について規制できる,という説明で,ほとんど無制限にあらゆる事柄についての連邦制定法の根拠となってきた。最近では,学校周辺での銃の所持や性暴力犯罪を規制する連邦法について,州際通商との関連性が薄いことを理由に違憲とする判決も出たが,本件のように労働に関わる立法が州際通商との関連性を有することは否定できないので,立法目的そのものが男女差別解消であったとしても州際通商条項に基づく連邦法として合憲となることについては,ほとんど問題とならない。