「大規模紛争解決」講義案(2021年版v1.0

序章 本講義の視座と諸概念
大規模紛争の例
例1:2010年4月にメキシコ湾で発生したBP深海底油田掘削現場での事故の結果,11名の作業員が死亡し,環境被害が広がった。しかし海岸に原油が漂着したことおよび風評により,沿岸の住民や企業などへの経済的損失も発生しており,法的にどこまでBP(三井石油開発もこの油田にシェアを有しているので,損失補償の一部負担の問題で日本の法律家にとって対岸の火事ではない)に賠償責任があるか,実際に因果関係や損害額を証明できるか,という問題も念頭に置きつつ,どのような経済的損失が発生するものと考えられるか。
例2:専門学校の入学許可者が入学を辞退した際に納入済学費を返還しない条項。
例3:Nova,てるみくらぶ,はれのひ,などといった先払い金のある倒産。レオパレス21,東京ミネルバ,ジャパンライフ,茶のしずく,黒い雨

参考文献:田中英夫・竹内昭夫『法の実現における私人の役割』(1987)

第1節 大規模紛争の定義
 紛争ないし訴訟はさまざまな切り口で分類できる。本授業で使い分けが必要なのは以下の3分類である。
(1)簡単な事件と難解な事件
(2)単純な事件と複雑な事件
(3)二当事者対立紛争と多数当事者紛争
 契約紛争は単純な事件であるかもしれないが,両当事者の意志が問題となり客観的証拠に乏しい場合には難解な事件となりうる。また,医療過誤訴訟は過失や因果関係の有無が問題となる単純な不法行為訴訟であるとはいっても,技術的ないし専門的証拠が関わることから難解な事件となりうる。他方,知的財産紛争のように複数の法律問題や争点が入り組んだ事件は複雑ではあっても,事実問題については簡単であったりもする。事実認定については簡単と難解,法律問題については単純と複雑という分類があてはまる傾向にあるといえるかもしれない。したがって二当事者対立紛争では簡単・難解,単純・複雑のいずれの分類もありうる。多数当事者紛争でも簡単・難解と単純・複雑の組み合わせは4通りあるとはいえるが,概して難解になるし,場合によってはさらに複雑さも生じる。本授業では,難解であり,ともすれば複雑さもはらむ多数当事者紛争を大規模紛争として一応の定義をするが,なおファジーな定義として理解してほしい。というのはもともと(1),(2),(3)の分類自体が程度問題を含むファジーなものであり,しかも本授業では紛争の類型を問題とするよりも紛争をいかに解決するかにあるので,「大規模紛争解決」の手法が適用されるべき紛争が「大規模紛争」であるという循環論法に陥ることも避け難いからである。また多数当事者といっても日本の民事訴訟法上の当事者が多数とは限らず,訴訟上の名目上の当事者が多数ではなくとも利害関係者が多数である場合も含む概念であることにも留意してほしい。

第2節 紛争のコスト
 そもそも法的民事紛争にはさまざまな関係者にさまざまなコストがかかるものであるが,大規模紛争においては特殊なコストがさまざまな関係者にかかる傾向にある。
(1)そもそも法的民事紛争は実体法に基づき過去指向で当事者間のコスト分配を図るものであるが,大規模紛争となると名目上の訴訟当事者以外の外部コストの分配が問題となるため,将来指向とか責任と救済との切断の必要性といった特徴が生ずることがある。
(2) 訴訟処理のためのコストは当事者が負担する「訴訟費用」のみですべてではなく,税金によって維持されている裁判所も当然に相当額を負担するのであるが,大規模紛争の場合は通常訴訟とは証拠の質と量とが異なるため,1件当たりでより多くのコストがかかる傾向にある。ただし個別訴訟となりうるものがまとめられることによる規模の利益が享受されることも見逃してはならない。
(3)1件1件の法的民事紛争は社会にとって大した問題ではなく,その意味で社会へのコストは僅少であるが,紛争が大量に未解決である場合には社会的コストが発生する。しかし大規模紛争は1件1件の社会的個性が強く,1件が未解決なだけでコストが発生する。

第3節 大規模紛争の諸問題
 広く薄い被害の発生する事件の場合,加害者の利得は大きいのに被害者の自覚がなかったり,訴訟費用倒れで泣き寝入りせざるをえなかったりする。
 目先の生活費に事欠く被害者の場合,最終的に勝訴して権利を実現できるとしても遠い先の判決までの間をどう生きていくかが問題となる。
 大勢の被害者を特定して集めることは可能か。そもそもそうすることが必要か。
 原告団を編成することがあっても,複数の訴訟が別々の裁判所に係属することもある。まとめた方がよいのか。別々でやる戦略上の意義があるのか。
 効率的で公正な解決がなされる必要がある。場当たり的な解決では紛争が再燃しかねない。例:チッソ水俣病和解
 大規模紛争で問題となる利益も分類できる。(1)個々の利益の集合,(2)集団の利益,(3)公益。(1)から(3)になるにつれて個々人の個性が希薄になり,大規模紛争解決方法の正統性や性格が変わってくる。
 大規模紛争の例:アスベスト,エイジェント・オレンジ,地球温暖化,大気汚染,水俣病,薬害C型肝炎,B型肝炎,医療過誤・・・

第4節 利害関係者
 甚大な被害を生じた事件の場合,個々の被害者毎に算定した損害額を積み上げることが煩雑ないし非効率であるばかりではなく,被害者全体の救済に充てられる資金の総額をまず決めて,それ(common fund)を被害者間でどう分配するかで解決する必要性が生ずる。そもそも民事紛争一般において,権利はあっても加害者に支払能力がなければ権利がないも同然である(judgment proof)。また,保険金や破産財団など,全権利者の債権総額を満足できないけれども,それを分配するしかない状態(limited fund)が発生することもある。
 初歩的な問題として判決効と判例とは区別されていることを確認しよう。判決効は執行力と既判力(遮断効)であり,確定した本案判決すべてで訴訟当事者を拘束するのが原則となっていて,第一審だけで確定した判決でも効果に変わりはない。それに対し判例とは,後の同様な事件で同様な結論を導く法的判断であり,当該事件の訴訟当事者の関心事ではないが社会により広い意義を有する。すべての確定本案判決が同等の判例としての価値をもつものではなく,一般に上級審ほど権威があり,また上級審判決でも判例としての価値のあるものだけが「登載判例」となる。他方,本案判決でなくとも判例としての価値を有するものがある。裁判所法77条は判決効については関連性があるが,判例としての価値とは別問題となる。
 しかし法的民事紛争がもたらす効果はそれだけであろうか。制度上は拘束されなくとも当該事件の解決で影響を受ける利害関係者がいる可能性がある。被害の自覚のない者,まだ被害が発症していない者,まだ生まれていない者が具体的事件の解決によって,自分の権利についても事実上結論が出ているものとされたり,自分の権利が実現できなくなったりすることがある。それは後訴を予想した上級審での判例統一機能で調整できるものとは限らず,第一審での統一的具体的利害調整が必要となるのかもしれない。
 しかし訴訟当事者とはなっていない利害関係者の利害をどのように実現できるのか,誰にそれらの利害を代表させればよいのか,利益相反が起きないのかが問題となる。 

第5節 代表論
 ここで代理(agent)と代表(representative)との法的な違いを考えておこう。とくに代表は法律上もファジーな概念で互換的に用いられたりもしているのであるが,本人が自らできないことをする代理人と被代表者全体の一部をとりあげる代表とで概念的には区別される。会社は訴訟では会社法349条により代表取締役などによって代表され,かつ弁護士によって訴訟代理されるとのごとくである。代理が本人の意思によってなされる任意代理や被代表者の意思によって代表が選ばれる選挙があるが,そのような意思が代理や代表の唯一の根拠であるということではない。未成年者の場合,本人の意思に関わらず民法で親が親権者として法定代理人に指定され,それは個別に考えれば親よりも本人の利益を代理してくれそうな者(例えば両親が留守がちで,普段の養育を担っている祖父母)がたまたまいるとしても,親権喪失原因となるような極端な事情でもない限り変更されない。また裁判員は市民の代表者を,一定の手続上の限定付ながら無作為抽出で選んでいて,市民の側が裁判員としてふさわしい人を選んでいるものではない。このように代理人や代表者と一口にいっても,その選び方はその資質および正統性とのからみで千差万別であり,また綿密に考えていくと法的制度設計によってベストな代理ないし代表を選べるものかに疑問もありえよう。例えば株主代表訴訟(会社法847条の責任追及等の訴え)では個々の株主が株式会社のため(既判力の効果は民事訴訟法115条1項2号)に,また定数配分違憲訴訟(公職選挙法204条)では個々の選挙人(有権者)が原告となって訴訟を提起できるようになっている(判決の効力については行政事件訴訟法32条,22条)。それぞれなぜこれらの者が原告として適切なのか,単なる便宜を越える正当化理由があるのか,どのような利益を代表しているのか,他の株主や他の選挙人は自分の賛同しない訴訟に引きずり込まれないようにすることができるのか,あるいはそれら被代表者の利益が担保される装置はあるのか,そしてそれらの代表者がそもそも訴えを提起する意欲と実力の源泉はどこにあるのか,といったことを考えてみなさい。
 上記の代理および代表の議論の例は必ずしも大規模紛争といえるものではないが,典型的な大規模紛争の1つである広く薄い被害が生ずる事件では誰が代表者になるべきであろうか。被害者であれば誰であっても適格であるが,全体の被害の中でのシェアがすべての被害者にとって僅少であるから誰であっても実力を伴わないようでもある。むしろ弁護士(代理人)や既存の消費者団体ないし利益団体の方が積極的で実効的な訴訟運営ができるのではなかろうか。
 他方で,国民全体の利益を代表するのは国ではなかったろうか。そうだとすると大規模な被害の生じた事件においては政府や国会が対処するということではなかったろうか。しかしそれだけに任せてよいものであろうか。一方で,民主的責任を担っているという正統性があるとはいえるかもしれない。しかし長中期的考慮が働く長所の裏では個々の被害者の救済が不十分になる短所もある。裁判所と異なり問題を先送りしてよい制度になっていることをどのように評価すべきであろうか。
 公職選挙法218条(検察官立会),行政事件訴訟法16,18条(併合,公選法219条で準用),国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律4条
 以上の状況の中で考慮しなければならないファクターは,インセンティヴ,只乗り,利益相反,という3つである。

第6節 大規模紛争の解決手法
 訴訟になったとしても,そもそも判決まで行くことが妥当であろうか。和解はどのような救済を与えられるか。判決は大規模紛争の解決においてどのような役割を果すのか。大規模紛争においては,判決で認定されるような責任もないのに救済が和解で与えられるかもしれない。また第一審判決の後に和解が成立することがある。このような事態はなぜ生ずるか。
 草野芳郎『和解技術論』(第2版,2003)は通常の紛争での実務上の和解技術を分かりやすく説明したものであるが,大規模紛争ではどうなるのか。
 大規模紛争は1件1件個性が強い。そのためマニュアル通りに事件を解決できるものではない。弁護士も裁判官もハンズ・オンで解決手法を模索してゆく必要性がある。
 本授業の考察対象は,民事訴訟法の問題に限定されず,刑事訴訟,行政,立法等々の手法にも及ぶ。また大規模紛争の解決には,通常の訴訟ではなじまないような政策的考慮も含まれる。授業は解釈論,立法論,政策論,実務等々が混在する。大規模紛争を迅速効率的にしかし公正に解決するためにはどうしたらいいのか,現に存在する道具を使って何が行われているかを理論的に分析しようとするものである。それでいて,紛争を解決させたくない,すなわち相手方があきらめるまで待とうとする当事者も現実には存在することも冷徹に認識する必要がある。
 アメリカでこのような紛争解決の指針となっているマニュアルを適宜参照する。Manual for Complex Litigation, Fourth (2004)

第1章 団体訴訟:消費者契約法
参考文献:ジュリスト1320号(2006年10月1日号)
大村敦志『消費者法』(第4版,2011)
消費者庁ホームページ
民法548条の2ー548条の4 定型約款
仲裁法附則3条

第1節 団体訴訟モデルの代表論
 大規模紛争解決の手法を検討する際に欠かすことのできないファクターは以下の3つである。
(1)インセンティヴ:紛争をどう顕在化させるか,コストに見合うベネフィットがあるか
(2)只乗り:外部経済効果の問題,早い者勝ちの可能性
(3)利益相反:他者の利益を取引材料にしないか,利他意識であっても大きなお世話ではないのか
 「濫訴」は定義が必要である。大規模訴訟が濫訴となるのはまず,代表者や弁護士に訴え提起のインセンティヴを与える自己利益のベクトルの方向と被代表者の利益のベクトルの方向が大きく異なる(鈍角となる)場合である。自己利益のベクトルが被代表者の利益のベクトルを増加させる(鋭角である)方向を向いているのであれば,大規模訴訟メカニズムとしては有効といえる。もとより被告にとって応訴が面倒であるだけでは濫訴ではなく,最終的に実体権がないとされ原告が敗訴したとしても,それだけで濫訴とはならない。不当な和解を目指す嫌がらせ訴訟のように,被告との関係で濫訴といえるのは,原告の訴え提起の動機のベクトルの方向が被代表者の権利実現の目的のベクトルの方向による規律を受けていない場合である。濫訴をどう摘発するかも問題である。濫訴があるからといって一律に規制をかけると濫訴でないものにまで網をかぶせるリスクがある。最判昭和37年5月24日民集16巻5号1157頁で,債務名義はあっても強制執行を権利濫用としたように,個別的に民法1条などを用いて摘発するのが,false positiveを回避するのに適しているが,濫訴が頻発している場合には実効性に欠ける惧れがある。
 団体訴訟モデルもクラス・アクション・モデルも現実に存在するものとは異なる制度設計を許容する余地がある。だから現実の制度の欠陥を示したとしてもモデルそのものの欠陥を示したことになるとは限らない。
 消費者契約法上の消費者団体訴訟制度のような団体訴訟モデルでは,特定の実体法上の事件について既存の団体が代表となって訴訟遂行する。もとより団体は団体自身が被害者である場合,あるいは労働組合などで団体構成員が被害者である場合に,訴えを提起する原告適格が存するが,団体訴訟という場合は,それとは異なる。能力と意欲があるからといって団体が被害者になりかわって訴訟を提起することについては,弁護士法72条,73条,民訴54条,サービサー法(債権管理回収業に関する特別措置法)での制約があり,一般的には任意的訴訟担当や訴訟信託(信託法10条)が問題となる。最高判平成28年6月2日 アルゼンチン債 債券管理会社
 団体訴訟の場合,団体が何を代表しているかが問題となる。第1の可能性として,大勢の個人の利益を包括的に代表しているということがありうる。この場合は個人が自ら訴えを提起することも理論上可能であるかもしれないが,それが現実的ではないので,団体に訴えを提起させるのが便宜であるかもしれない。第2の可能性としては,具体的個人が原告となるような個別的権利をまとめるというのではなく,消費者一般など広範な社会集団の抽象化された利益を代表するということで,個人による別訴が想定できなくとも,あるいは想定できないがゆえに,団体に訴えを提起させる必要があるというものである。第3の可能性は,さらに広範な社会の利益ないし公益を団体に代表させるというものである。しかしここまで抽象化された代表を団体訴訟に担わせると,日本国憲法上の事件争訟性がそもそも存在しているのかという問題もはらむことになる。ただいずれにせよ,当該団体が団体自体の目先の利益というよりは実現を目指す目的を有しているところに着目して訴訟を担わせるというものである。

第2節 日本の消費者団体訴訟
 民548条の2
  一般に法学上,実体的権利が存するか,実体的権利が個人に帰属するか,裁判所で権利を実現できるか,どの裁判所に管轄権があるのか,誰に原告適格があるのか,どのような救済が与えられるのか,はいずれも別の問題である。
 団体訴訟の場合,特定の実体法に特化した手続が明確化されることになる。日本の消費者団体訴訟は消費者契約法12条に定めがある。現行法上,消費者個人で訴訟提起は可能ではなく,したがって消費者団体訴訟の規定は,原告適格のみならず訴権も付与しているものとされている。
 適格消費者団体は内閣総理大臣の認定・規律を受ける。具体的要件は,消費者契約法13条以下にあり,2009年の施行以来,21団体が認定されている。団体訴訟の場合,事件毎ではなくあらかじめ消費者団体訴訟提起を認められる団体の認定が行われるのである。
 訴訟提起・追行の制約がある。また複数の適格消費者団体が認定されると訴訟の競合の可能性があるので,そのための手当も行われる。規定は,消費者契約法23条以下,41条以下にある。
 判決・和解の効果についての規定は,消費者契約法12条の2第1項2号,28条で,既判力の拡張ではなく,請求権の喪失という理解で再訴を排除している。独禁24条

第3節 団体のインセンティヴと利益相反
 団体訴訟モデルで,既存の団体は代表として適任であろうか。既存の団体はもともと,訴訟を目的とした団体ではなく,訴訟はせいぜい目的実現の手段にすぎない。となると被代表者たる消費者等と利益相反はないのであろうか。すなわち団体のもともとの目的と個々の被害者の利益との相反である。団体にとっては,個々の被害者への具体的な救済よりも,将来に向けて社会を良くする利益ないし公益が重視されるのかもしれない。
 もしそのような利益相反がありうるとすると,団体の訴訟部門と通常の活動部門(政策部門)とで分ける(ファイアー・ウォール)の必要はあろうか。しかしそれが望ましいとしても,小規模の団体にまでそれを要求すると,実際上は両方の活動に十分な人員を避けなくしかねず,結果として団体訴訟活動を断念させかねない。
 他方,団体が団体訴訟以外の活動をしているということは,その団体やその普段の活動について好悪の評価がなされているかもしれない。その場合,嫌悪感を抱いている人についてまで当該団体が団体訴訟で代表してよいのかという問題が生ずる。損害賠償の団体訴訟の場合はそのような被代表者に離脱するオプションを与えることができるが,差止の場合は外部効果により只乗りで訴訟の結果を享受することになる。
 より広い社会的利益や公益ということでは,団体訴訟ではなく,国や検察や地方公共団体といった政府に任せるということももとより考えられる。そして政府機関は民主代表として正統ではある。また税金でコストを賄えるので外部経済効果の問題をある程度回避できる。しかし政府機関には予算の制約に基づく活動の優先順位があって,あらゆる違法行為に迅速に対応できるかという問題がある。またさまざまな思惑から問題解決を先送りできることは,拙速を避けられるという点では長所でもあるけれども,迅速な救済という点では短所でもある。
 結局のところ,クラス・アクションや団体訴訟により大規模紛争を解決すべきであるというのは1つの価値判断である。そしてどのような制度になるかにおいては,現実社会の力学が作用する。
 クラス・アクションも団体訴訟も通常の訴訟とは異なる目的を志向しており,その目的実現のための手段としてどのような制度を設計するかの問題となる。

第2章 団体訴訟:消費者裁判手続特例法
参考文献:ジュリスト1461号(2013年12月号)
伊藤眞『消費者裁判手続特例法』(第2版,2020)
千葉恵美子・長谷部由起子・鈴木將文編『集団的消費者利益の実現と役割』(2014)

  差止以外に賠償を取り立てる権限を認めることについては,「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(消費者裁判手続特例法)」が制定された。2016年10月に施行され,3団体が認可されている。この法律では,団体による訴訟は何を行い,個々の被害者への損害賠償の支払はどのように行われることになっているか。差止の団体訴訟との違いは?,適格認定の要件,授権の方法,団体が勝訴した場合の判決効の範囲,団体が敗訴した場合の判決効の範囲,すでに提起されている別訴はどうなる?,参加は可能か?,他の団体が提起した訴訟との関係は?,団体が受け取れる報酬は?,団体は債権者たる消費者の情報をどのように得られる?,被告側は個別の消費者の債権をどのように争える?
消費者機構日本の例
共通義務確認訴訟が提起されている事例:東京医科大入学検定料東京地判令2・3・6東京地判令3・9・17。共通性・多数性・支配性の3要件,それぞれの根拠条文は? 仮想通貨バイブルDVDセット誇大広告
附則5条:施行3年後の見直し

第3章 クラス・アクション
参考文献:浅香吉幹『アメリカ民事手続法』35-48頁(第3版,2016)
浅香吉幹「アメリカ弁護士のクラス・アクション戦略」東京大学法科大学院ローレビュー3巻(2008)

第1節 クラス・アクション・モデルの概要
 クラス・アクション・モデルは多数当事者を糾合するメカニズムであって,当該事件限りの団体を形成するものといえる。紛争に適用される実体法による限定のない汎用性のある手続法上のメカニズムである。実際には証券訴訟,反トラスト法,大規模不法行為訴訟等が多いとはいえるが,手続法上の要件が満たされれば適用実体法は問わない。
 とくに少額の被害者が多数の場合,個々の訴訟を提起しようにも費用倒れになるのに,加害者の利得が大きい(negative value suit)。しかしそれらの請求をまとめることにより規模の利益が生じ,弁護士費用も賄えるようになる。
 原告となりうる者自らがクラス代表者として名乗りを挙げる。したがってクラス代表者は,自分単独でもクラス・アクションではない訴訟を提起できる者でなければならない。クラスを定義し,誰がクラス構成員として代表されるか画定。クラス構成員は事前に特定される必要はなく,抽象的な定義だけで訴訟遂行は可能。ただし判決や和解により原告クラスが得た損害賠償の配当を受け取る際には,当然のことながら,個々人がクラス構成員であることが示される必要がある。
 クラス構成員には通知(個別的な通知の場合も新聞広告などで許される場合もある)され,代表されたくなければ離脱(opt-out)できる。
 離脱しなければ判決や和解の結果に拘束される。有利は結果であれば恩恵に預かるがそれにより自分の権利は実現したことになる。不利な結果であれば判決効(執行力と既判力)が及ぼされ,自分の権利は不存在ないし消滅という扱いとなり,別訴は遮断されることになる。
 日本の民事訴訟法30条の選定当事者はクラス・アクション・モデルを広く定義すれば含まれるが,構成員からの積極的参入を要するopt-inの手続である。
 利益相反からクラス構成員を保護する観点や,そもそもクラス・アクションによる訴訟の迅速効率化が図れるかといった観点から,当該事件がクラス・アクションに相応しいか,適切なクラスの定義がされているか,また名乗りを挙げた原告がクラス代表者として相応しいか,は裁判所が後見的に審査する。
 同様に裁判所の後見・監督権限は,利益相反や原告クラス代表者と被告との談合の危険性のある和解・取下の場面でも行使される。
 このような裁判所の後見・監督権限は,通常民事訴訟の原則である処分権主義(当事者主義の一場面)を限定するものである。

第2節 アメリカのクラス・アクションの手続
 連邦民事訴訟規則23(a)
 まず必要な4要件は以下の通りである。
(1)多数性(numerosity):当事者の多数性
(2)共通性(commonality):事実問題または法律問題の共通性
(3)典型性(typicality):クラス代表者の請求がクラス構成員の請求の中で典型的なものであるか
(4)適切性(adequacy):当事者本人の適切性と弁護士の適切性
 この4要件をすべて満足してさらに以下のいずれかの条項の要件を満たさなければならない。
(b)(1)クラス:多数当事者併合に代替するもの,またはlimited fundの状況のもの。
(b)(2)クラス:差止を求めるもので,人権訴訟等で用いられる。
(b)(3)クラス:損害賠償を求めるもので,private attorney general型の典型である。

第3節 クラス・アクションの正統性
 なぜ自ら選んでもいない代表者に代表され,場合によっては権利が消失するリスクを負わせられるのであろうか。
 ここでは代表者になるインセンティヴとopt-outするインセンティヴを考えよう。
 そもそも消失するリスクのある「権利」はクラス・アクションなしに実現可能であったろうか。どうせ費用倒れで泣き寝入りをせざるを得ないものであったとすれば,誰かがまとめて取り立ててくれて,費用を控除した分を配当してくれれば文句をいうまでもないのではないのか。クラス・アクションの権利を実現するか,およそ権利を実現できないかの二者択一状態か。
 ただし被害が重大な薬害,航空機事故等では,別訴を提起する選択肢もありうる。
 原告被告間ではクラス・アクションを裁判所が承認する場面で争うのが通常である。被告にとってクラス・アクションは費用が大きく,敗訴した場合の賠償額も巨額なものとなる。クラス・アクションが認められなければ別訴が事実上不可能であればなおさら被告があらそう理由がある。でも別訴が確実に提起される事件では,被告にもまとめて処理する利益が生ずる。
 しかし一旦,クラス・アクションが認められると利害状況は一変する。被告にとって大勢の原告と個別に交渉するよりは原告側の窓口を一本化してもらう方が有利なこともある。個々の原告と値切り交渉をするよりも,一山いくらという感じの交渉の方が被告の負担がどれほどになるかが早期に明確となる利益もある。したがって一旦クラス・アクションとなれば,和解で終結するのがほとんどである。しかしそれゆえにまた,この段階ではクラス代表者および背後の弁護士と被告との談合の誘惑が生ずる。そのような談合によって取引材料にされるのは,クラス構成員の利益であったりする。そこに利益相反が生ずる。
 被告にとっては結局,クラス・アクションとならざるをえない状況なのであれば,むしろなるべく離脱なく和解をしてもらう利益も生まれる。原告クラス内部の方針対立で,取りこぼしの別訴があるのなら,結局複数の訴訟を相手にしなければならない被告に和解をするメリットは小さくなる。クラス代表者としても原告クラス内部をまとめられれば有利な和解条件を得られる。
 しかし利益相反をもたらすクラス内部の利害対立があるとなると,単一のクラスで訴訟を進行させることは不適切なので,場合によっては連邦民事訴訟規則23条にあるような小クラス(subclass)を設けてそれぞれの小クラス代表者と弁護士に各小クラスの利益を擁護させる手法も検討されなければならない。
 利益相反の問題は,適切な代表とは何かという問題に帰着する。さらに弁護士自身の利益の問題もある。現実のクラス・アクションにおいて,高度な弁護士能力を必要とするクラス・アクションを実質的に主導するのは弁護士であって,当事者たるクラス代表者はダミーでありさえするのかもしれない。そもそも人権団体等の既存の団体や弁護士の方で事件とクラス代表たりうる者を発掘してクラス・アクションと提起することも,戦略として存在する。ただしアメリカにおいては,弁護士が被告またはクラス代表者からキックバックを受け取る約定は,開示しないと犯罪となる。
 契約の仲裁条項にクラス・アクション的な「クラス仲裁」の規定が盛り込まれていたとして,opt-outしない契約当事者が第三者による仲裁裁定に拘束されるのは,クラス・アクションより当事者主義に適っているか?手続の根拠が法令が契約かで違いが生ずるものか?

第4章 広域係属訴訟
参考文献:浅香吉幹『アメリカ民事手続法』48-51(2016)
浅香吉幹「アメリカの大規模民事紛争「解決」:引き潮のクラス・アクションと上げ潮の広域係属訴訟」東京大学法科大学院ローレビュー11巻(2016)

 アメリカの広域係属訴訟(multidistrict litigation)では,すでに各地で提起されている同種の訴訟を1ヶ所に移送して,そこで証拠開示などのトライアル前手続を併合して行う。トライアルについてはそれぞれの移送元裁判所に逆送されてからなされることになっているが,実際には受送裁判所でまとまった和解で解決する。クラス・アクションの手続を取るまでもなく「準クラス・アクション(quasi-class action)」。個々の訴訟に現実の原告がいて,それぞれ弁護士。
 複数の訴訟で同一の証拠を利用できる場合には,手続の重複を防ぐことに利益がある。
 他方で,証拠の訴訟外利用を防ぐ当事者の利益があるであろうか。トレード・シークレットについては,ライヴァルに知られた途端に無価値となるので,開示制限の理由がある(不正競争防止法10条)。他方,危険な物品の情報を口外しない和解条項は認められるか。そのような和解がなされることで危険な物品が規制に引っかからないで市場に残って被害拡大につながるとすれば,公序良俗に反するのではないか。その場合,裁判所の監視に頼ることで十分か。Manual§13.22
 日本での併合,移送という手法は? 民訴17条。証拠調べのためだけに移送して,それが終わってから差し戻すことは可能か。民訴22条は同一理由での再送を禁じているだけで,理由を差し替えた再送は可能とも解釈できるので,直ちには制約しない。ただ,アメリカとは違い適用法が訴訟ごとに異なる可能性は低いから,このような方便を用いる必要はないかもしれない。そうかといって,事件全体を移送・併合するとなると,そもそも全国各地で訴訟を提起した原告側の利益を損なってしまう。あくまでも証拠調べが繰り返される無駄を省くことには使えるかもしれない。
 移送以外で証拠調べを集中して行う方法はあるか。
 遠隔地での証拠調べが可能か。とくに補充尋問に証人を再度裁判所まで呼ぶのは証人への負担が大きい。テレカンファレンスは技術的に容易になったが,カメラの裏側でのコーチを防止したり,宣誓を取ったりするために,場所や手続上の制限がある。証人よりも鑑定人の方が制限は緩やか。Manual§11.452,民訴170条,204条,民訴規則88条,123条。鑑定人については民訴215条の3,民訴規則132条の5。証人と鑑定人との民事訴訟法上の扱いの違いは,意見(民訴規則115条2項と132条の4の3項),支払(民事訴訟費用等に関する法律18条と20条)にある。
  裁判所法28条を用いて,同一の裁判官に複数の地裁に係属している同種事件を担当させられることができるか。共通の証拠については効率的な証拠調べができ,共通の心証が得られるメリットはあるとはいえ,訴訟毎の違いも皆無ではなく,それを削ぎ落とすことなく心証に反映するほどの器用さを裁判官に期待できるか。特定の裁判官に意図的に事件を配点することで公正性や裁判官の独立が損なわれる可能性もある。
 裁判所間の協力は,一見マイルドな手法であるが,評議の秘密の問題がある。行うとしても誰が協力を指導するか。最高裁判所など上級裁判所ということはできないので最終的には受訴裁判所それぞれの判断ということになろう。イレッサ東京地裁・大阪地裁和解案
 民訴185条を利用して,共通の証拠調べを事実として同一の法廷で行うことができるか。しかし訴訟指揮をする裁判官は誰かという問題がある。結局,各裁判長がそれぞれの事件について指揮をしなければならないが,現実として可能か。
 受命裁判官と受託裁判官は,効率性,機動性があり,各受訴裁判所の裁判官を相互利用すれば選任の恣意性や証人の便宜や訴訟指揮の問題に対応できる。すなわち証拠調べは単一の裁判官が担当し,その成果はそれぞれの受訴裁判所が独立して利用することになる。しかし,部分的ではあれ遠方の裁判所で証拠調べがなされることで,当事者にとって公正さや弁護士の便宜の問題はある。
 民訴268条の「大規模訴訟」の特則や,受命裁判官と受託裁判官の権限に関する民訴195条(裁判所外証人尋問),民訴185条(嘱託),民訴171条(弁論準備手続),民訴88-89条(和解勧試)をみて,大規模紛争解決にあたって裁判官は多い方がいいのか少ない方がいいのか。効率的機動的な証拠調べには単一の裁判官で分担し,大きな法的判断や訴訟運営の方針は大きな合議体で権威付けする。
 どの手法を用いるにせよ,当事者や弁護士の協力がないと困難に逢着する。

第5章:金融ADR
参考文献:松岡啓祐「金融商品取引法上の金融ADRの改正の意義と問題点」専修ロージャーナル6号115頁(2011)
金融商品取引法37条の7,156条の38以下,2009年から
金融庁,イギリスのfinancial ombudsman
証券・金融商品あっせん相談センター

 8機関,設置方法,委員の選任と中立性確保,申立権者,費用負担,拘束力と訴訟提起,そもそも設置目的は?,契約締結義務38条の7,指定156条の39,応諾義務156条の44の2項2号,異議は3分の1以下156条の39の1項8号,2項,156条の44の1項4号,5号,委員156条の50,和解156条の44の2項4号,特別調停案156条の44の2項5号,6項
野村ETN(exchange trade note)早期償還

第6章:福島第一原子力発電所事故ADR
レベル7,総額20兆円,賠償8兆4641億7700万円
原子力損害賠償紛争解決センターのサイト
原子力損害賠償紛争審査会
原子力保険プール 上限1200億円
原子力損害賠償支援機構

 1999JCO臨界事故(レベル4)での賠償との比較(住友金属鉱山)2件総額154億円
 設置方法,仲介委員・調査官の選任と中立性確保,申立権者,費用負担,賠償ガイドライン,和解の仲介,拘束力と訴訟提起,賠償の原資はどこが払っているか。東京地判平成24年7月19日 国賠 株主
Daniel H. Foote, Japan's ADR System for Resolving Nuclear Power-Related Damage Dispute, 東京大学法科大学院ローレビュー 12巻(2017)

第7章:オンブズマン
 アメリカの9/11被害者救済やメキシコ湾岸原油流出事故救済
 浅香吉幹「学界展望」国家学会雑誌130巻11・12号38頁(2017)
 イギリスのFinancial Ombudsman Service

第8章:大規模紛争解決手段としての倒産
 債権は実現できなければ紙切れ同然である。債務者に資産がなかったり,執行できなかったりすればjudgment proofとなってしまう。権利の額面と市場価値は異なる。それゆえサービサー法が意味をもつ。
 倒産は債務者にとって不名誉なことかもしれないが不利なこととは限らない。完済できない債務を抱えたままにするよりは,強制的に債務を整理できる倒産手続は債務者にとって最後の切り札ともいえる。ただ実際上の不利益と心理的な抵抗感,あるいは保証人に迷惑がかかるとなると,倒産したくともできない場合もある。破産法253条の免責をみよ。民法465条の10,465条の9,465条の6
 債権者にとって債務者に倒産されると債権を満額回収できなくなる。すなわちlimited fundの状態になる。倒産手続においては公平性が旨となる。しかし債権の回収が困難となる個々の債権者には,それぞれの思惑がある。倒産自体が大規模紛争である。
 最近の倒産事件であるNova,ゲートウェイ21,八王子自動車教習所では,授業料等を納付した大勢の学生等が小額債権者として損失を被った。その他の大型倒産としては,日本航空や武富士,てるみくらぶ,はれのひ,ジャパンライフがある。
 債権者が債務者を追いつめると最後の手段として倒産に逃れるかもしれない。債権者としては債務者を生かさず殺さず粛々と債務返済してもらう状態を維持する方が得策である。しかし逃げ得を狙って債務者は倒産するかもしれない。その結果,債権者間でも生々しい私利私欲の衝突が起きる。自分のものと思っていた債権が実現できなくなるから事態は深刻である。そのため倒産が現実化し債権の満額回収ができなくなる恐怖に直面した債権者は,自力救済に走る誘惑がある。もちろん自力救済は違法ではあり,管財人は破産法160条で否認権を行使できるが,少なくとも暴力的ではない隠然たる自力救済については,取り戻すコストに見合わない程度のものである限り,管財人が追求を断念する可能性が高い。
 倒産手続においても債権が確保されるはずの債権者であっても,債権回収までのタイムラグが問題となりうる。中小企業のように自転車操業をしていると,債権を速やかに回収できないと自分の債務の支払いが滞り,自分自身も倒産に瀕することがある。すなわち,債権リスクが分散されていない場合である。従業員の給与債権は民法308条の一般先取特権で,破産法149条の財団債権となるもの以外は98条の優先債権となる。納入業者の債権は民法311条5号,321条の動産先取特権で,破産法65条で別除権として保護される。
 ただし自力救済はしたくとも容易にできるものではない。自力救済が起きる条件として,動機と情報と機会がある。すなわち,正規の倒産手続で得られない利益があるので自力救済をするという動機,倒産が切迫しているという情報,倒産が切迫していると気付いてから管財人が財産を保全するまでのわずかな時間の間に的確に債権回収を実行する機会,である。とくに情報と機会は,普通の債権者単独では現実には得られず,実際には,債務者本人,従業員,内部事情を熟知した取引先などが関与することによって自力救済がなされる。管財人としては,自力救済されてしまうと後から法に従って回収することは事実上困難なので,こちらも時間との勝負で,迅速に債務者の財産を保全しなければならない。
 倒産によって投資ないし債権の回収が絶望的になった株主や一般債権者の場合,債務者本人ではなく経営者等の責任追及の余地はある。会社法429条(株主間接損害),金融商品取引法24条の4(22条準用)をみよ。Enron事件では経営陣の刑事責任追及もなされた。最高経営責任者は有罪の上訴審途中で死亡した。そうなると日本では刑事訴訟法339条4号で公訴棄却の決定がなされる。没収・追徴(刑法19条,19条の2 )の対象となるはずの財団も相続財産となる。Enronは複雑なstructured financeを行っており,金がどこに消えたかを跡付けるのに専門的能力が必要であったため,破産手続において回収する債権の調査にロー・ファームがあたり,パートナ21名,アソシエイト22名が18ケ月かけて数千ページの報告書を作成し報酬は8700万ドルとなった。(W・ブラッドレイ・ウェンデル(浅香吉幹訳)「アメリカの弁護士の中心的価値の多元構造」アメリカ法2007-1号21頁,29頁注24)
金融商品取引法157,158,159条→197条1項5号→198条の2 会社法847条の代表訴訟との違い
 大規模紛争では,倒産すればまとめて和解するインセンティヴが働く。すなわち,別訴をして勝訴したところで債権の満額を取り立てられないのである。ならば集団での和解でとれるだけ確保しようというインセンティヴが働くのである。かくして倒産によって原告を半強制的に集団的和解に引き込める。これは被告にとっては便利な装置で,出せるだけ出したら紛争から離脱することができる。またそれゆえ,実際に倒産しなくとも,倒産をちらつかせるだけで別訴を抑止する効果もある。被告が倒産によって紛争から離脱した後では,原告にとってはむしろ内部での分配で対立が生ずることもある。

第9章:弁護士の役割
参考文献:真崎晃郎「企業法務と米国法:ソニーの経験」[2002-2]アメリカ法205
唐津恵一「「企業内法曹」について一考」東京大学法科大学院ローレビュー6巻(2011)
週刊エコノミスト2013年8月6日号

第1節 紛争のコスト・マネジメント
 ビジネスにとって紛争はコストである。コストにも種類があって,病理として回避したい訴訟ばかりではなく,保険会社(保険金請求)や銀行(抵当権)などの場合は業務に伴ってルーティーンで起こる生理としての訴訟がある。こういった訴訟は大量処理で最大利益が得られ,1件1件についてベストな結果を得ることがビジネスとしてベストとはいえない。企業間では訴訟と提携が同時進行することもありうる。紛争コストに関しては,中小企業は自然人と同視できる。
司法取引:刑訴350条の2以下,157条の2,157条の3,三菱日立パワーシステムズ東京地判令1・9・13
金商21条の2,24条,罰則:金商197条1項1号,両罰207条1項1号,ライブドア最判平24・3・13

第2節 原告側弁護士の組織
 大規模訴訟が一件だけ提起された場合と,同一ないし同種の訴訟が複数係属した場合とがありうる。
 原告集団は何のために別訴を提起するのであろうか。一発勝負で敗訴したくないことによるリスク分散も考えられるが,その分,全面救済を断念したり,上訴などで全面救済まで時間がかかってしまったりしかねない。管轄権の問題からまとめた訴訟が不可能なことによることはありうる。原告団や弁護団が巨大になりすぎるとマネージメントの規模の問題が生じるので,あえて分割することもありうる。積極的な意義としては,全国各地で訴訟を提起することによる宣伝効果と,それに伴う被害者掘り起こしということもありうる。しかし内部の意見不一致,とくに統一的なリーダーシップを確立できなかった結果ということもある。 大規模紛争における弁護士は個々の独立性が高い傾向があって,それが協力の阻害要因となって,路線対立やリーダーシップ確立失敗につながりかねない。しかし統一した方針がとれなくとも弁護士間,弁護団間の協力は,単に効率性の問題だけでなく,原告の利益を増進する上でも重要である。
 弁護団内部では,リーダーたる主任弁護士(lead counsel),それがいなくとも裁判所や他の弁護団との連絡窓口となる幹事弁護士(liaison counsel),緩やかな連携を図る運営委員会(steering committee)がありうる。Manual§10.22。ただし,大勢の顔を立てて横並びの性格の強い組織を作ると,まとまるものもまとまらず,常に分裂の危険性をはらみかねない。他方,肩書きはどうあれ,大勢から尊敬を受けられるリーダーがいれば,必ずしも強いリーダーシップを発揮しなくとも,共通目的のためのコンセンサスをまとめあげられるようになる可能性がある。
 弁護団間の協力は,各弁護団の代表弁護士の連絡会議の形をとるが,単なる情報交換の場よりも積極的な協力体制が確立できるかが鍵となる。

第3節 被告側弁護士の組織
 弁護士法30条で企業に雇用される弁護士は特別扱いをされている。企業法務部にインハウス弁護士が所属しているか否かはステイタスに違いが生ずるかもしれないが,実質的な違いがどれほどあるかは一概にはいえない。
 大規模紛争の被告は通常は企業であるので,組織化の度合いの高い大規模中規模の法律事務所が被告側を代理するが,企業の内と外との連結点として被告側弁護士の組織のフォーカルポイントとなるのが企業法務である。企業法務部(インハウス)と外部の弁護士(アウトソーシング)の役割分担は,内部で専門家を養成するほど日常的なニーズがあれば,その企業の内部事情を熟知したインハウスでまかない,他方,内部での専門家を養成したところでたまにしか仕事がなく宝の持腐れになるのであれば,企業の内部の状況をその都度伝える手間はあっても,アウトソーシングとするのが効率的である。一般には国際法務,特許・商標,環境法,労働法,会社合併・買収,不動産,破産,独禁法といった分野がアウトソーシングとなる。
 アウトソーシングでは企業法務部はリエゾンとしての役割を果し,外部の弁護士に紛争解決で必要となる企業内部の情報を伝えるとともに,その企業のカルチャーなどを伝えることで,その企業にとって望ましい紛争解決に向けて外部の弁護士がスムースに活動するように仕向けなければならない。他方,外部弁護士の指示については内部の執行部や現場に周知徹底させる必要がある。外部弁護士の教育(内部のカルチャー,業態,チームワークなど)と内部の教育(マネジメントと現場,コンプライアンス,長期的視点,ガヴァナンス)が紛争解決の場での企業法務の中心的役割となる。
 とはいえ,インハウスとしては単なる連絡役ではなく,外部弁護士の請求明細をチェックして場合に応じてクレームをつけたり,能力評価をして今後も依頼すべきかを判断したり,といった監視機能を果さなければならない。
 内部に対しては,企業法務部は面倒なことを部下に押し付けがちなマネジメントの説得をしなければならないことも多々あり,経営者や取締役を証言台に立たせることも場合によっては必要となる。その説得をマネジメントが,快くではなくとも渋々受け入れるか,居丈高にどやしつけられるかは,その企業の風土やマネジメントの度量次第である。
 インハウスの企業法務部においては,法に常に従うことが正しい経営判断ではない,法に従っているというだけで企業の価値やイメージは保てない,ということは了解しなければならない。しかし,もみ消しに失敗して不祥事が露見したときのダメージという,目先の利益をひたすら追求しがちなマネジメントや現場が軽視しがちな中長期的な企業の利益を促進するという視点,安物買いの銭失いを避ける視点から,企業法務は内部教育を,紛争を未然に防止するためにも徹底しなければならない。いずれにせよインハウスの弁護士といえども,違法行為に加担したり黙認したりすることは少なくとも弁護士倫理違反とはなる。たとえば外国公務員への贈賄は日本法上も犯罪となるので,マネジメントのみならず,ODA受注などでライバルとしのぎを削っている現場の講習も怠れない。不正競争防止法18条,21条2項7号,8項,22条。山口厚編著『経済刑法』88頁(商事法務,2012)。(日本の刑法上の贈賄罪は外国公務員に関して適用はあるか?刑法7条1項参照)
2018年6月,タイでの発電所建設をめぐって三菱日立パワーシステムズが摘発された。その際,企業は司法取引により法人処罰を免れる代わりに,実行行為者である社員に対する捜査への協力をするものと報じられた。東京地判令和元年9月13日。刑訴350条の2以下,157条の2,157条の3;東京高判令和2年7月21日
 国内での摘発が手ぬるいとしても,アメリカ,イギリスなど外国での摘発は甘くみてはならない。オリンパスの例。Foreign Corrupt Practices Act(外国公務員贈賄)もアメリカで活動している日本企業に適用ある。現在,このFCPAについて企業法務が無知ではいられないというコンセンサスがある。しかも当該の本企業が厳密に法的な責任に問えるか疑わしい事例であっても,司法省の摘発を受けた日本企業が訴訟で争うことを回避して和解で制裁を受けることもある。にもかかわらず,現実に摘発される日本企業およびその責任者がまま見られるのはなぜであろうか。週刊エコノミスト2013年8月6日号86頁の高取芳宏弁護士の記事。
 ライブドア事件,最高判平成24年3月13日,金融商品取引法21条の2,24条,197条1項1号,207条1項1号
 大規模紛争は企業にとってもルーティーンではないので,和解の最終決断は法務部段階ではできず,マネジメントに諮る必要がある。せっかく弁護士間で調った和解案をマネジメントが拒否するような「子供の使い」にならないように,和解交渉妥結の最終段階には担当取締役を交渉に同席させるなどの工夫を要する。さらに政府が当事者の場合には,諸省庁の利害が錯綜したり,将来の立法や政策変更が求められたりするといった問題があって,弁護士間だけで妥当と思える和解案を取りまとめても,クライアントに受け入れられてもらえないこともある。
 公開会社に対するM&Aは公開買い付けなど,準備は大変であるが手続に従って進めていけるのであるが,閉鎖会社に対するM&Aでは,さまざまな財産や権利の処理について個別交渉が必要なので,それぞれの分野毎に専門的な交渉にあたる外部弁護士の作業を法務部が全体として統括し,最終的に一体としてのM&Aを実現するという作業も行われる。

第10章:裁判官の役割
参考文献:杉山悦子『民事訴訟と専門家』2-5 (2007)
Manual§10.13

 大規模訴訟に関する特則の民訴268条, 269条は,大勢の合議で信頼度のある判断をし,戦略・戦術を立てるのに対し,実際の手続は単独裁判官で機動的効率的に行えるようにする。
 大規模紛争において裁判官は,早期に関与してプランを立てることが必要となる。その際には創造性が求められる。
 ディスカヴァリや証拠調べを先行した方が早期解決につながる場合もあるが,一般には全体スケジュールを確定する方が効率的である。
 裁判官のとるべき態度は,
(1) active: 受け身ではなく,積極的に発生前に問題発見に努める。
(2) substantive: 争点画定やスケジュール管理などで的確な判断をするために,早期に事件の実体的争点について習熟しておく。
(3) timely: 発生した問題は迅速に解決する。当事者も完璧な判断より時宜に則した判断の方を望むことがある。
(4) continuing: スケジュール通り進行しているかを継続的に監督し,必要なら修正も検討する。中間報告を当事者に求めることもありうる。
(5) firm but fair: 期限その他の要求は弁護士の意見も聴いて恣意的でないようにするが,一旦決めたスケジュールに従ってもらい,必要なら違反や遅延戦術に制裁を課す。
(6) careful: 注意深い準備をしていることを示すことで,基調をセットし,裁判所に対する弁護士の信頼性と実効性を高めることができる。
 裁判官によるハンズ・オンのアプローチは当事者主義と抵触する恐れがある。
 弁護士との協調は有効である。とくに日本の場合,裁判官が独断専行するのではなく,弁護士を関与させて協調意識をもってもらう努力をあらかじめしておくと,物事は進みやすくなる。裁判官が弁護士の頭越しに当事者と直接接触することには危険がある。またテクニックとして各当事者と別々に裁判官が接触することは,和解を取り付けるのに有用かもしれないが,透明性上の問題がある。双方に不利な心証を開示するなどをするのはアンフェアかもしれない。
 紛争解決にあたって専門家をどのように活用するかを考える際には,さまざまな分類をすることが役立つ。
 第1に,委託主体が裁判所か当事者か,第2に,裁判所内部に勤めてもらうか,外部で役立ってもらうか,第3に,専門家は個人かチームか団体か,第4に活用される場面は,証拠調べか,釈明処分(民訴151条)か,争点整理か,和解か,第5に,専門家の判断に拘束力があるかないか,といったことである。
 日本法上の専門家の活用方法に関する規定には以下のようなものがある。鑑定(民訴212条以下),鑑定嘱託(民訴218条),調査嘱託(民訴186条),補佐人(民訴60条),専門家司法委員(民訴279条),専門委員(民訴92条の2以下),地方裁判所調査官(裁判所法57条2項,民訴92条の8,92条の9),知財の計算鑑定,公害の原因裁定,実質的証拠法則(独禁80条,82条),家庭裁判所調査官,専門家調停委員(民調8条1項,17条)。規定はないが用いられている手法としては,私鑑定,仲裁鑑定契約がある。立法論としては専門参審制,補助裁判官・技術裁判官がある。裁判官の独学には限界があるとともに,透明性上の問題がある。事故調査は利用価値があるが,調査目的が異なることは注意が必要である。調査報告書そのものに証拠能力はあるか?
 専門家の判断は,当該専門家の能力と方法論に依拠する。犬の臭気選別や声紋鑑定などは,専門家の能力と方法論が信頼性に顕著に影響する。医者なら誰でも医療過誤の鑑定人になれるというものでもない。狭い分野での専門家が必要なので,脳外科手術の医療過誤については小児科医では役に立たず,脳外科医が必要となる。しかし本当に役立つ専門家は自分の本来の仕事で忙しくて,本来の仕事ではなく鑑定や証言の暇などないのが普通である。
 専門家の利用にはコストと手続遅延が伴うので,どんな事件でも使えるというものではないし,使う場合にも無闇矢鱈に使ってはならない。Manual§§10.14, 11.48, 11.5
 専門家が意見を述べたとしても,最終的には非専門家たる裁判官や裁判員・陪審が認定する。それなら専門家の援助を受ける意味はどこにあるのであろうか。専門家の判断と法的判断とは微妙に異なるのか。検察側被告人側いずれの鑑定人も心神喪失とする精神鑑定をしたにもかかわらず,完全責任能力を認めた判決もある。
 専門家は中立であるべきか。それとも多様な見解を戦わしてもらう方が意義あるか。でも最終判断をするのが非専門家であるとすると,最終判断の信頼性はどのように担保されるか。当事者が依頼する専門家は,結局は依頼者の主張に都合のいい意見しかいわない傭われガンマンでしかないのか。
 専門家内部のコンセンサスが中立を意味するか。専門家のオーソドクシーが中立を意味するのか。先端的な問題ではコンセンサスがあるのか。それがわからないから法的紛争が生じているのではないのか。「原子力村」。オーソドクシーが揺らいでも「個人の責任を追及して何になる」とか「将来をどうするかが大事」という責任逃れが可能。他方で,「ああすべきであった」は結果論?過去の失敗があってわかることもある。
 そもそも専門家は裁判所での鑑定や証言をすることを専門としているのではない。頻繁に法廷に出てきて何でも意見を述べる専門家はむしろうさんくさい。訴訟で必要とされる専門的情報と,専門家が普段必要としている専門的情報とでは乖離がある。専門家が携わっている事柄のほとんどは問題を起こすことなくうまくいっているのに対し,法的紛争は事がうまくいかなかった時の事態である。医療行為のほとんどは問題ないけれども,ほんのわずかの事例で医療過誤紛争が起る。戦時と平時。生理と病理。法律家と専門家との意思疎通の困難さの原因となり,専門家が法律家に対して,針小棒大という反感を持つ原因となる。法律家が聴きたいことと専門家が話せることの食い違い。現在の証拠から過去を再現するretrospective reasoningと将来を予測prospective reasoningのいずれも法的議論で主として用いられるのはretrospectiveであって,prospectiveは後遺症の見通しなどに限られる。しかもifのない歴史学とは異なり,法的議論では反実仮想(もしあのときそうしておけばこうならなかった)が過失や因果関係や逸失利益(得べかりし利益)で用いられるのが特徴的である。そういった法的思考(パラレルワールドの構築)は,他の専門分野では異様である。多くの専門分野では,過去を振り返るにしても将来の発展のためであって,過去にどうすればよかったかなどということは不毛な議論と映りかねない。科学技術はシームレスに発展しているのに,法律家は過失責任の認定のために,論文の公表など専門知識が行き渡ったとされる時期を特定したがる。しかし専門家にとっては今となってはどの時点が画期であったかは大した問題ではない。
 専門家と特定業界との関係にも留意が必要となる。たとえば薬学が製薬会社と密接な関係にあるのは当然である。しかし薬害訴訟ではそれゆえに中立的な専門家を見出すのに問題が生ずる。また理論的には問題ないものが製造過程の瑕疵によって欠陥となる場合,理論側の専門家では役に立たず,製造に関する専門家が必要となる。例えば実験室で少量合成された薬品と工場で大量生産された薬品とでは,違いがありうる。副作用の問題と原料や不純物の問題との違い。理論的な多重防御と現実に緊急発電装置を水没する場所に設置していたこととの齟齬。
 どうやって適任の専門家を選ぶか。裁判所でリストをあらかじめ作成できるか。しかし具体的事件に適切な専門家を網羅できるものであろうか。せいぜいルーティンで起る事件類型でのみ可能である。専門家団体に推薦依頼をするという方法も考えられる。一本釣りよりは有望かもしれない。しかし専門家団体が裁判所に協力的とは限らない。法への不信感や被害者意識があると問題となる。団体の自己利害により公正な専門家を担保できないと困る。大勢に依頼することにより個々の専門家のバイアスは緩和可能かもしれないが,その分コストがかかる。先端的なことをやっている専門家ほど鑑定や証言するほど暇ではない。専門委員による選定やスクリーニングは有用である。しかしそうなると,そもそも専門委員の人選で当事者間の紛争原因とならないか。大規模訴訟の原因は先端的問題なのでそもそも専門家や研究のない可能性もある。たとえば水俣病の原因がそうであった。
 大規模紛争では専門委員を争点整理や和解で利用可能か。専門委員自身が当該争点に特化した専門家である必要はなく,むしろ特化した専門家の鑑定を理解するサイエンス・リテラシーがあって,それを裁判官の理解できるような「翻訳」能力があればよろしい。
 裁判官の独学はあてになるか。基礎もできてない素人が先端的な問題の勉強することにどれほどの意味があるか。

第11章:和解の効用
参考文献:草野芳郎『新和解技術論』(2020)(旧版:『和解技術論』(第2版,2003))
垣内秀介「裁判官による和解勧試の法的規律」民事訴訟雑誌49号232頁(2003)
平成19年8月8日 東京高裁 東京大気汚染訴訟和解
Manual§13

第1節 通常の事件での和解の効用
長所:当事者の納得・満足,パイを大きくする,双方とも望んでいるものを得られるかもしれない,係争事項以外の紛争原因の解決,第三者の引き込み,将来の関係修復,謝罪,履行の確保,時間・コスト
短所:当事者の合意がなければならぬ,謝罪などで内容が不明確であると紛争再燃,分割払いや将来の支払いの約束は結局滞納する恐れ,法的な合理性や公正さに欠ける,裁判官の不当な圧力,和解をしないと判決で報復されるか,和解担当裁判官と判決担当裁判官を分けられるか,分けるべきか
 交互対話方式と対席対話方式については,草野37-44頁(旧版39-46頁)。
 心証開示については,草野144-46頁(旧版154-55頁)。
 和解の長所といっても,誰にとって都合がいいのか。手続的に都合がいいのか,実体的に都合がいいのか

第2節 大規模紛争での和解の効用
判決でできないこと:利害関係者が特定できなかったり,まだ生まれていなかったりする場合
判決になじまないこと:長期救済メカニズムは予測困難とマネジメントの問題
 和解と判決は択一的ではない,相互補完,和解もコストは低くない。
 和解のベンチマークとしての判決,「判決の影」,「所見」や中間判決により和解に導かれる。でも複数の裁判所で異なる判決がでると原告被告双方とも自分にもっとも有利な判決をベンチマークとしてしまい,かえって和解しづらくなる。
 当事者の納得や満足を超えた利害の処理が必要となる。否応なしに処分権主義が制約される。責任と救済の切断。
 包括的で柔軟な長期的救済メカニズムを構築する必要がある。しかし将来のことを十分予測できるか。後遺症程度なら誤差を最小限とする予測は可能だが,大規模紛争解決で将来の状況変化に対応できるか。金銭的救済であると資金が足りなくなったり余ったりする。後で追加を要求されるとなると被告は和解のインセンティヴが低下する。非金銭的救済であると現実の被害者と救済の受益者の乖離の問題が生ずる。長期的救済メカニズムをマネジメントできるか。請求人に関する認定と配分のメカニズム。便乗した虚偽申請の排除。認定診断医療機関など,審査機関の限定。ポイント・システムによる配分基準の明確化。迅速支給の要請から2段階支払方式(疑わしきは支払うという態度で,簡略迅速な手続で当座の支払をする第1段階と,認定を丁寧に行って最終的支払を確定する第2段階)も考えられる。配分決定の場面で紛争になっては元も子もない。資金管理の監督は誰がやるのか。出てくるかわからない請求人のためにわずかに残った資金を無期限で管理しておくことがコストに見合うか。請求打ち切りの時期を決めることによる功罪はある。
 潜在的被害者は失権してしまうのか。失権は事実上か法律上もか。非当事者の利害が処分されてしまう問題。潜在的被害者は和解内容に具体的に拘束されるのか。それは判決効によるものか,判例によるものか。そもそも第三者を和解に巻き込めるのか。まだ生まれていない将来の被害者はそもそも現在の権利者ではないのに,それが処分されてしまうのか。民法951条や「子孫によい環境を残す権利」というのも,現在の権利者という観念と矛盾させない方便である。世代間の外部性の問題は,単純な利益相反では片づけられない。代表論に立ち戻る必要がある。依頼者を代理する弁護士が第三者の利害を考慮してよいのかという問題もある。第三者の利害は裁判官に任せなければならないものであろうか。将来顕在化する被害への保険付保という手法。
 和解からの取りこぼしはそもそも和解の阻害要因となる。被告はまとめて1回で決着をつけられるのであれば和解しやすい。通常訴訟でも一山として処理したい。そのために一定数の原告の受入れを和解の条件とする方法がありうる。しかし抜け駆けしようとしても大多数の和解内容から大きく隔たることは考えられないので結局抜け駆けできないかもしれない。そうであると強引に和解に誘導できるかもしれない。しかし,後で和解条件がよくなると考える原告はねばってしまう。それを防ぐために和解状況の中に「最恵国待遇」を入れておけば様子見を防げる。Manual§13.23
 一部和解は一歩前進とみえつつ,かえって残りの和解を妨げる可能性がある。すなわち当事者がすでに十分譲ったと考えるため,さらなる条件の引き上げが困難となることがある。
 原告への賠償額は,個々の原告の被害額の積算ではなく,被告の支払総額から逆算して分配するのが現実的である。そうなると最終的に被害者が増加すると一人当たりの取分が減少してしまう。非金銭的救済のコストも含めて,顕在的原告が潜在的利害関係者の利益を取引材料にしてしまう恐れはある。でも実際の原告の利他的な行動は否定できない。
 被告側が組織であると交渉担当者がトップを説得できるかの問題がある。企業で普段から起きている訴訟での和解はルーティンであるが,大規模紛争の和解にはトップの決定が必要となるため,子供の使いの問題が生ずる。とくに政府は複数の省庁の利害思惑や政策変更への抵抗があって了解が得られないこともある。
 裁判所は法令・条例の制定を求める和解案を出せるか。三権分立の問題。国民代表としての政府の尊重。B型肝炎のように具体的な救済だけが問題であるならば抵抗は少ないかもしれないが,イレッサ訴訟のように長期的政策判断がからむと厄介となる。
 サイド和解には透明性の問題がある。明示のものと黙示のもの。被告の暗黙の期待もある。原告側弁護士がこの事件で他の原告を代理しないという条項は許されるか。Manual§13.24
 各紛争関係者には以下のような考慮も働くものである。
裁判官:和解させたい→環境作り
原告側:和解のタイミング,原告間の思惑と抜け駆け
被告側:和解をしないという選択肢