2023年6月18日(日)日米法学会総会シンポジウム
COVID-19パンデミックと医療と法:パブリック・ヘルス・ロー(Public Health Law)の役割などに焦点をあてて

10:00〜10:10
シンポジウムの趣旨
岩田太(神奈川大学)
本シンポジウムおいては、今般のコロナ禍(COVID-19)に関して、合衆国おび日本における医事法、パブリック・ヘルス・ロー(Public Health Law (PHL))の役割と課題を中心に検討する。2023年1月末の段階で、感染者は7.5億人超、死者700万人に迫ろうとしており、20世紀初頭のスペイン風邪の流行による影響を凌駕するとされる.そこで、医事法の専門家であり、かつ、合衆国における政府検討会などの委員のみならず、WHO等国際的な機関での経験も豊富な上記2人の研究者を招聘し、日本の中堅若手の研究者を交えて検討することを通じ、今般のCOVID-19などの感染症緊急事態におけるパブリック・ヘルス・ロー(Public Health Law)の役割に焦点を当てる。
このようなコロナ禍は、世界的にほぼすべての社会活動や様々な場面、そして、多くの法分野へも大きな影響を与えている。本シンポジウムでは、日米を中心として、特に医療と法場面、パンデミック制御のためのいわゆるパブリック・ヘルス・ロー分野での議論を中心に論じる。実は、医療と法分野に限ったとしても、以下に見るように複層的な論点がある。例えば、感染症対策をめぐる法的論点として、個人に対する治療場面として対象感染症の認知した場合の医師などの報告義務、就業制限・強制入院など当該感染者の隔離、予防接種の推奨・義務化などの在り方の問題があげられる。さらに、より広範な法政策の問題として、感染症専門の医療従事者の育成、病床および治療体制の確保などの医療提供体制のあり方、医療必要物資および薬品などの確保と配分、検査体制の整備と利用制御、治療薬およびワクチンの開発推進と審査・販路確保、また全般的な政策の効果と科学的な検証などもある。さらに、従来医療と法の議論ではほとんど論じられることのなかったワクチンを含め医療関連物資の輸出を規制する各国の通商政策、国際経済法と交錯する場面もある。
特に今般のコロナ禍での日米の政策で注目に値するのは、制裁の有無を含む規制手法とその実効性についてである。少なくとも流行初期の2020年初頭に、強制入院・隔離など様々な措置について、合衆国には制裁を可能とする強力な法制があるのに対し、日本では同種の法整備は脆弱であった。しかし、単純に感染者・死者数を見ると、法的規制やその強制力の有無が、感染症の抑止の効果とは直線的な関係にないだけではなく、任意の協力要請に過ぎない日本でも、大多数の国民が外出自粛を積極的に行っていた。政策実現に大きな支障がないのであれば、任意の協力重視のほうが、国民からの信頼感を維持増進でき望ましく、実は合衆国においても、未知の感染症やバイオ・テロなどの場合には、国民も治療の最前線にいる医療従事者も大多数は任意に協力するものであり、高い実効性を確保しつつ市民の自由も過度に制限しないので、より賢いアプローチとの議論も有力である。
従来日本での公衆衛生や感染症の議論は、憲法・行政法などの公法を中心に議論がなされてきたが、人種問題や社会の大きな経済格差を抱える合衆国における「PHL」の議論の近年の重点は、人種・貧困などによる社会的な要因が健康の格差に繋がるという、「健康の社会的な決定要因」(“Social Determinant of Health”)の議論であり、社会内の正当化できない健康格差の解消を、法が目指すべき(“Health Equity”の実現)という、社会法的な側面ないし一種の社会運動的な側面が強調される。そもそもパブリック・ヘルスは、日本語では「公衆衛生」と訳され、感染症対策や衛生環境の向上を念頭に置いてきた。本来「PH」は、パブリックたるすべての人々の健康増進(みんなの健康)を目指すもので、感染症予防などに留まらない広い射程を持つ。「PHL」をめぐる最先端の合衆国の議論でも、社会全体の視点を重視する「PH」分野でも個人の選択や同意、さらに人種や経済格差による健康への影響の解消を重視するなど、強制・介入重視一辺倒に対する反省の機運が出ている。特にハンセン病者への苛烈な対応、集団接種での注射針使い回しによるB型肝炎被害など負の歴史を持つ日本において、「PHL」の視覚から何が見出せるのかも重要である。
このように法的制裁の有無など規制手法の重点、新型感染症の近年の経験を含め各国の規制など併せて、医事法に密接に関連する「PH」を対象としつつ、医療財源、医療提供体制、連邦制と単一国家、西欧とアジア、コロナ禍の深刻度、移民の受け入れ度などの複層的な差異のある日米比較を行うことにより検討する。
またシンポジウムでは、アメリカからの両研究者に加え、日本側から英米法・医事法の観点から研究する小山田朋子教授(学習院大学)、及び、秋元奈穂子准教授(立教大学)、さらに,ワクチンなど医療必須物資の囲い込みに対する規制という医事法と国際経済法の交錯する論点について研究してきた加藤暁子教授(日本大学)を交えて、多角的な観点から分析し、課題の複層的な側面を整理することを目標とする。感染症緊急事態下における医事法・パブリック・ヘルス・ロー(Public Health Law)の機能に関心を持つ、英米法・医事法・国際経済法という専門を異にする日米の中堅・シニア的な研究者が協働して検討を行う。

10:10〜11:00
基調報告1
Jacobson in the Time of Covid: Changing Views of Judicial Deference to Public Health Interventions
Professor Carl H. Coleman (Seton Hall Law School)
In its 1905 decision in Jacobson v. Massachusetts, the United States Supreme Court upheld a local ordinance imposing fines on residents who refused to be vaccinated against smallpox. Rejecting the claims of a pastor who objected to being vaccinated, the Court observed that "real liberty for all could not exist" if everyone in society had an absolute right to be free of restraints. The opinion emphasized that public health determinations should normally be made by duly authorized governmental officials, and that courts should intervene only when officials act in ways that are "beyond question, in palpable conflict with the Constitution."
Jacobson has been cited frequently in its nearly-120-year existence, and it is generally considered to remain good law. Nonetheless, two lines of cases decided during the COVID-19 era show that the principle of deference to public health authorities is slowly being eroded. First, changing approaches to the Supreme Court's free exercise jurisprudence have made it far easier for litigants to raise objections to public health requirements if they are grounded in religion. Second, a growing movement to reduce the power of administrative agencies has benefited those who object to public health measures adopted in the form of administrative agency rules. These two developments led to judicial decisions striking down several major science-based measures to reduce the spread of COVID-19, including rules restricting the size of gatherings, vaccination requirements for federal workers, and a requirement to wear masks on interstate trains and planes.
This paper will begin by presenting the Court's decision in Jacobson and assessing its legal and ethical foundation. It will then examine developments in the areas of freedom of religion and administrative regulation, showing how they threaten to undermine Jacobson's approach to public health. It will conclude by discussing the potential implications of these developments for future public health crises.

11:00〜11:45
報告2
THE ROLE OF FDA IN THE RESPONSE TO PUBLIC HEALTH CRISES: TAKEAWAYS FROM THE COVID-19 PANDEMIC
Professor Ana Santos Rutschman (Villanova University)
The need for the quick development of diagnostics, therapeutics and vaccines against COVID-19 placed the U.S. Food and Drug Administration (FDA) at the forefront of the response to the pandemic. This article describes and evaluates that response with a particular focus on the use of emergency use authorizations (EUAs). Established shortly after 9/11, the EUA pathway allows FDA to authorize the use of unapproved pharmaceuticals (as well as unapproved uses of approved products) during a qualifying emergency, as is the case with a large-scale public health crisis like COVID-19. Rather than waiting for a drug or vaccine sponsor to generate a more comprehensive dataset capable of supporting an application for full approval, the EUA pathway gives FDA the authority to ground a temporary authorization on less comprehensive datasets that merely establish the likelihood of efficacy of the drug or vaccine under review. The article traces the evolution of the EUA pathway, surveying earlier uses (from anthrax in 2005 to Zika and Ebola in the mid-2010s) and then focusing more closely on case studies drawn from the COVID-19 pandemics: the EUA covering the drug remdesivir; the highly debated EUAs covering hydroxychloroquine, chloroquine and convalescent plasma; and the EUAs covering COVID-19 vaccines. The article then contrasts the use of the EUA pathway by FDA with uses of similar pathways by drug regulators in other countries. Finally, it concludes by suggesting improvements to FDA's use of the EUA pathway in future public health crises.

11:45〜12:00 質疑応答 

12:00〜12:20 総会前半 
12:20〜13:50 昼休み
13:50〜14:00 総会後半 


14:00〜14:35
報告3
公衆衛生上の緊急事態におけるワクチン―民事免責と被害補償
Vaccination in the Time of Public Health Emergency −Immunity of Civil Liability and Compensation for Injuries
秋元奈穂子(立教大学)
パンデミックにおける対応の鍵の一つはワクチンであるが、迅速・安全なワクチンの開発、接種の普及という積極的施策がもたらしうる副作用被害の補償とワクチン開発者・医療従事者の民事責任への対応を抜きにしては検討することができない。本報告では、アメリカにおける公衆衛生上の緊急事態を対象とするPublic Readiness and Emergency Preparedness Act(PREP Act)における広範な民事免責及び極めて限定された被害補償の枠組みについて、連邦法による州不法行為法の専占というフェデラリズムの観点及び補償に対する個人の権利の観点から、平時のワクチン被害補償制度であるNational Vaccine Injury Compensation Programの制度枠組み及び実践とも比較しながら検討する。さらに、日本におけるワクチン被害救済制度及びCOVID-19における民事免責の特例とも比較しつつ、その在り方を検討する。国家による医薬品製造業者等の免責制度は、他国に対するワクチン提供の可否についての開発企業の判断を左右するものでもあり、一国にとどまらない影響を持つものである。

14:35〜15:10
報告4
アメリカにおける診断支援ソフトウェア規制の動向―連邦21st Century Cures Act(2016)の解釈を中心に―
小山田朋子(学習院大学)
近年、医師等の診療上の決定を支援するソフトウェアが開発・実用化されてきている。たとえば、COVID−19禍では、どの子供が重症化するかを予測するAIツールの開発が試みられ、CTスキャンを分析しCOVID−19関連の肺炎を特定するアルゴリズムの訓練がなされた。このような診断支援ソフトウェアは、医療機器なのか、それとも医師等が参考にする医学書のようなものなのか。前者であれば、FDAの医療機器規制の対象となる。一方、たとえば、スタンドアローンの(他の機器等と接続しないという意味)専門家用ソフトウェア・プログラムは後者にあたるため、合衆国憲法修正1条の表現の自由の対象となりFDAに医療機器として規制されるべきではないと主張する製造業者もいる。この問題に明確な基準(線引き)を示す趣旨で、2016年に連邦21st Century Cures Act (以下Cures法)§3060が制定され、FDAがその解釈を示すガイダンス案を2017年と2019年に、ガイダンス確定版を2022年9月に公表した。いずれも業界等から大きな反響を呼び、2022年9月公表のガイダンスに対しては、業界からの撤回要請がなされた。本報告では、このCures法の解釈をめぐるアメリカの動向を紹介する。本法をめぐる議論は、「専門家はどこまでアルゴリズムのサポートを受けてよいのか」、また「どのような条件が満たされれば、その人の判断と呼べるのか」という、あらゆる分野に共通する問題にも視点を提供すると考える。

15:10〜15:40
報告5
国際的な公衆衛生上の緊急事態における医療製品へのアクセス確保と通商措置―COVID-19ワクチンに関する日米の対応を事例として
加藤暁子(日本大学)
2020年以降、各国・地域は、COVID-19への対応に必要なワクチン等の医療製品の開発、製造、調達について、公衆衛生分野における国際協力の経験を踏まえて、WHOを中心にAct-Acceleratorを設立し、運用した。その成果もあり、2023年現在ではワクチンの需要がほぼ充足される一方、途上国で接種が進まない要因の解明が待たれている。他方、自国民向けのワクチン確保を優先する政府とワクチンメーカーの間の取引、及び、医療製品に関する輸出入の制限措置は、Act-Acceleratorの取り組みを阻害するワクチン・ナショナリズムとして批判を浴びた。その筆頭に挙げられた米国は2000年代以降、公衆衛生を国家安全保障の柱に据えた。COVID-19をめぐり、WTOにおける医療製品に関する知的財産保護の義務を免除する2020年の提案への対応等において、変化が見られる。本報告では、以上を事例に、国内及び国際的な公衆衛生問題への対応における国家の義務の理解に関する変化の有無を検討する。

15:40〜16:00 質疑応答・討論