2010年9月9日 法学部英米法試験解説

I. One-shotterは悪徳弁護士からつけ込まれても,被害の認識に乏しく,救済を求めることがなかなかされにくい。金銭面での非行としては,不当な高額報酬があり,大した労力を投下せずとも勝てる仕事に高額報酬を請求したり,そもそもクライアントの無知につけこんだ報酬請求がありうる。またクライアントの預け金に手を付けることは弁護士非行の中でももっとも非難される行為とされているが,クライアントを言いくるめて時間稼ぎして露見を避けることもありうる。他方,手抜き仕事をしてもクライアントがそれとわからないことがある。明らかに弁護士のミスで書面の提出期限を徒過して敗訴してしまったとしても,運が悪かったなどといって自らのミスを誤魔化すことも可能でありうる。クライアントも,被害者という認識がなければ,懲戒請求も弁護過誤訴訟もできないし,とくに懲戒請求は被害者救済に直結しないので被害者という認識があっても実行されにくい傾向にある。ただ弁護士が報酬支払請求訴訟を提起すると,鬱々とした不満のあったクライアントが弁護過誤訴訟の反訴をしたり,支払請求に対し不当報酬と抗弁することはありうる。

II. Lord Chancellorは国王の側近として,その良心を実現するエクイティを発展させる任を負ったのに対し,Lord Chief Justiceはコモン・ロー裁判所のリーダーであり,17世紀の市民革命期には,Edward Cokeが国会側に立って国王権力に対し法の支配を守る役割をも担った。19世紀末にコモン・ローとエクイティが手続的に融合し,High Courtが設立されても,Chancery Divisionの名目上の長はLord Chancellorであり,Queen's Bench Divisionの長はLord Chief Justiceであった。身分保障のある裁判官の最高位はLord Chief Justiceであるが,Lord Chancellorは内閣の法務担当閣僚,議会としての貴族院の議長,裁判所としての貴族院の長官を兼任し,閣僚であるために身分保障はないものの,裁判官としての最高位であった。しかし2005年のConstitutional Reform Actと関連する改革により,Lord Chancellorは閣僚としての役割に専念し,裁判官としての職務はなくなり,Lord Chief JusticeもQueen's Bench Divisionの長ではなくなる代わりに,イングランド司法全体の長として,文字通り裁判官の最高位となった。またLord Chancellorは裁判官を女王が任命する際に推薦する職務をなお負っているが,それもJudicial Appointments Commissionを設置することによって,Lord Chancellorの人選の透明性を高め,恣意性を排除することになった。

III. 刑事被告人の刑事陪審の権利が強調される:被告人は刑事陪審を放棄できるのに対し,民事陪審は原告または被告の請求による。いかに有罪の証拠が強くとも刑事陪審を排除して裁判官のみで有罪を言い渡すことはできないのに対し,民事陪審では原告被告いずれにも有利なsummary judgmentおよびjudgment as a matter of lawが可能。刑事陪審では憲法上の要請でなくとも,なお12人陪審の全員一致性の原則が強く守られているのに対し,民事陪審では6人陪審や非全員一致陪審も稀ではない。刑事陪審では一般評決が被告人の権利とされるが,民事陪審では個別評決も広く認められている。
コモン・ローとエクイティ:刑事事件はすべてコモン・ローなので分類の必要はないが,民事事件は分類して陪審トライアルと裁判官によるトライアルを分ける。
事実問題と法律問題:刑事陪審は有罪か無罪かを決めるだけで,死刑事件を除いて量刑に関与しないのが原則であるのに対し,民事陪審は原告勝訴の場合は賠償額まで算定。
二重の危険:刑事陪審が無罪評決を下すと,第一審裁判官がそれを覆すことはできないし,検察官上訴もできない。民事陪審の評決についてはjudgment as a matter of lawやnew trialがどちらの当事者に有利にでも可能。
自己負罪拒否特権:被告人からの開示を強制することが制約されるため,刑事陪審前のディスカヴァリは限定的であるが,民事事件でのディスカヴァリはほとんど無制限。
無罪の推定:証明の程度が合理的疑いを超える証明と証拠の優越

IV. 第2修正を含む第1修正から第10修正までのBill of Rightsは具体的な権利を列挙しているが,1791年成立以来,これらの権利は合衆国政府に対して主張できるだけとされてきた。南北戦争後に成立した第14修正は州に対する人権を合衆国憲法で保障したものであるが,そこでは特権・免除,デュー・プロセス,平等保護という3つの一般条項を規定しているだけで,具体的な権利のカタログを設けてはいない。そこで,Bill of Rightsに盛り込まれた諸権利を州に対して主張する根拠をどの一般条項に置くかが問題となった。しかし特権・免除条項は1873年の最高裁判決で,人権一般ではなく「合衆国市民」として与えられた権利,例えば合衆国政府に請願する権利などしか保障しないものと解釈してしまったため,根拠となりえなくなった。それに対してデュー・プロセス条項が,Bill of Rightsで明示された諸権利の相当部分をincorporation(組込み)していると解釈されるようになった。ただし第5修正の大陪審の権利や第7修正の民事陪審の権利のように,組み込まれていないと解釈される権利もあるが,第2修正の武器を持つ権利については2010年の判決の4裁判官は州に対する権利としてデュー・プロセス条項に組み込まれていると解したのであった。