2010年日米法学会総会プログラム

9月11日(土) 判例研究会

13時15分ー14時15分 藤井樹也(成蹊大学教授)
York v. Wahkiakum School District No. 200, 178 P.3d 995 (Wash. 2008)
ワッシントン州憲法の規定内容と連邦憲法の規定内容とが異なることを前提として、学生スポーツ選手に個別的な嫌疑に基づかない無作為の薬物検査を行う学校区の方針が、同州憲法1条7節によって保障されるプライヴァシーの権利の侵害にあたると判断したワッシントン州最高裁判決。

14時25分ー15時25分 中村達也(国士舘大学教授)
Vaden v. Discover Bank, 129 S.Ct. 1262 (2009)
連邦仲裁法4条に基づく仲裁強制命令の申立てに係る合衆国地方裁判所の管轄権の有無は、裁判所が、かかる申立てを調べ(look through)、仲裁合意の当事者間の全部の紛争が連邦法に基づくものであるか否かによって決することになる。本件における当事者間の全部の紛争は、反訴ではなく、本訴に係る請求がこれに当たり、かかる請求が州法に基づくものであるので、4条に基づく申立ては棄却されなければならない。

15時35分ー16時35分 東川浩二(金沢大学教授)
Citizens United v. Federal Election Commission,558 U.S. ___ (2010)
2つの連邦最高裁判決を覆し、これまで合憲とされてきた、法人による選挙運動のための支出を禁じる超党派政治資金改革法の規定を、憲法違反と判示した事例。

9月12日(日) 9時45分ー17時30分
シンポジウム「アメリカ不法行為法の展開」

9:45-11:30 “A Year of High Profile, High Stakes U.S. Litigation: BP, Toyota & Beyond”
Catherine M. Sharkey (ニューヨーク大学)
11:30-12:00 「懲罰的損害賠償をめぐる最近の改革」籾岡宏成(北海道教育大学旭川校)
(12:00-14:00) 休憩、学会総会
14:00-14:30 「連邦行政規制による製造物責任の専占」佐藤智晶(東京大学)
14:30-15:00 「クラス・アクションに対するClass Action Fairness Act 2005 の影響」藤本利一(大阪大学)
15:00-15:30 「医療過誤危機と不法行為法改革の現在」野々村和喜(同志社大学)
(15:30-15:45) 休憩
15:45-16:15 「環境不法行為訴訟の特徴と新たな動向」大坂恵里(東洋大学)
16:15-17:30 総括、討論 会沢恒(北海道大学)

【概要】
コーディネータ 会沢 恒 (北海道大学大学院法学研究科准教授)
アメリカ合衆国の不法行為法のダイナミックな展開は、我が国においても注目をされてきた。〈私人による法実現〉といった、違法に効果的に対応する側面に着目される一方、〈訴訟社会〉〈責任の爆発〉といった負の側面も知られてきたところである。1990年代から2000年代にかけてのアメリカ不法行為法の動向は、おおむね後者の観点からの懸念を軸に展開してきたと言ってよい。〈不法行為改革〉が標語となり、懲罰的賠償、クラス・アクションといった英米法に特徴的だとされる制度がネガティヴな副作用をもたらしているとして、立法、司法の双方においてこれを制限・統御しようとする試みが前景化している。その背景には潜在的被告たる経済界の動向も看取することができるが、原告側弁護士を初めとする対抗もあって具体的な帰結は単純ではなく、さらには政治的な対抗軸も伏在している。
本シンポジウムにおいては、〈不法行為改革〉に代表されるアメリカ不法行為法・不法行為訴訟における近時の動向を横断的に整理し全体像を把握した上で、その背景と方向性を探る。史上最大ともされる環境汚染事故や日本企業も巻き込まれた製造物問題が報道を賑わす昨今、学問的にはもちろん実務的にも意義あるシンポジウムとなろう。

【基調講演】
A Year of High Profile, High Stakes U.S. Litigation: BP, Toyota & Beyond
Catherine M. Sharkey (ニューヨーク大学ロースクール教授)
My keynote speech will focus on the BP and Toyota litigation and what these major, ongoing cases have to show us about recent developments and trends in American law in the areas of environmental liability, class actions, punitive damages, and federal preemption of state law. These two complex cases implicate every one of these issues.
The BP litigation, arising from the Deepwater Horizon catastrophe in the Gulf, is the largest environmental disaster in the history of the U.S. and is testing our litigation system in unprecedented ways. The U.S. Congress is revisiting federal legislation that, to date, has limited liability for oil companies, and courts will be forced to consider the interplay between this legislation and the state law environmental claims being brought by the many groups of plaintiffs who have been harmed by the spill. Punitive damages will be a major issue as individual and class action litigants’ cases proceed through the court systems, as well as the distribution of monetary recovery through the mechanism of the compensation fund recently established by BP at the urging of President Obama.
The Toyota litigation is an equally valuable lens through which to analyze these issues. The procedural complexity of this case is pushing class action jurisprudence in new directions, as courts face the daunting challenge of multiple, nationwide classes of plaintiffs. The litigation also highlights the tug of war, in U.S. litigation, between federal regulation (in the form of safety standards propounded by such federal agencies as NHTSA) and private litigation, and the ever-present question of which of these is the better route towards optimal levels of public safety. Toyota will also implicate important questions of punitive damages as the case proceeds.

【個別報告要旨】
懲罰的損害賠償をめぐる最近の改革
籾岡 宏成 (北海道教育大学旭川校准教授)
高騰する懲罰的損害賠償額の合憲性という問題について、アメリカ合衆国最高裁は、主として合衆国憲法のデュー・プロセス条項に違反するか否かという観点から、ここ20年にわたり一連の判断を示してきた。そして、現時点での終着駅であるExxon Shipping Co. v. Baker, 128 S.Ct. 2605 (2008) において最高裁は、裁判例における賠償額を調査した実証的研究に強く依拠して、(海事法の事案に限定されるものの)懲罰賠償額は填補賠償額を超えてはならないと明確に判示するに至った。政治的な問題についての保守化が著しいと指摘される合衆国最高裁が、企業活動のあり方に大きな影響を与えるであろうこの論点についても、果たしてこうした動きを今後更に加速させるかは不透明ではあるが、懲罰的損害賠償に関する具体的な数値にまで最高裁が踏み込んだ意義は小さくないものと思われる。
しかしながら、懲罰的損害賠償に関する法理を連邦最高裁が独占して提供しているわけではない。すなわち、それぞれの法域(=州)においても懲罰的損害賠償に関して独自の改革が展開していることにも注目すべきである。早くは1970年代から、不法行為改革の潮流の中で多くの州が何らかの形で懲罰的損害賠償を抑制する試みを行ってきている。本報告は、こうした州の取り組みを紹介することによって、懲罰的損害賠償制度の抱える問題をアメリカがどのように克服しようとしているのかを明らかにすることを目的とする。
各州が進めている改革の具体的内容は多岐にわたるが、本報告では、代表的なものとして、@損害賠償の上限設定、A損害賠償の州政府への支払い、B事実審理の分離、C証明の程度の引き上げ、D裁判官による損害賠償の算定、などについて検討を加えたい。

連邦行政規制による製造物責任の専占
佐藤 智晶 (東京大学政策ビジョン研究センター助教)
本報告では、製造物責任の分野における連邦の専占(federal preemption)を取り上げる。連邦の専占とは、本来州政府が持つ規制権限を特定の分野で奪うための合衆国憲法上の法理であるが、不法行為・製造物責任訴訟では、少なくとも連邦法を遵守した被告が責任を免れる、という意味を持つ。すなわち、不合理なほど危険な製品から市民を守る役割を連邦と州のどちらが担うべきか、もっと厳密にいえば、連邦の行政機関による規制で州法に基づく不法行為・製造物責任訴訟を代替すべきか、それが、製造物責任の分野における連邦の専占の問題ということになる。
本報告で検討するのは、連邦の専占のなかでも特に連邦の行政機関が不法行為・製造物責任を制限するという法政策、いわゆる「静かな不法行為法改革」(silent tort reform)である。「静かな不法行為法改革」は、製造物責任の分野における連邦の専占の問題を説明する際に避けて通ることができない。「静かな不法行為法改革」とは、不法行為・製造物責任を制限するための法改革のなかでも州議会や連邦議会ではなく、連邦の行政機関が主導するものを意味する。このような改革は、ジョージ・W・ブッシュ大統領のもとで2005年以降に積極的に進められたが、実はその背景にこそ製造物責任の分野における連邦の専占の問題が集約されている。
そこで本報告では、まず静かな不法行為法改革の背景を説明し、その後で関連する連邦最高裁の判例を検討する。静かな不法行為法改革の背景としては、連邦法の遵守それ自体を理由とする州法上の抗弁(regulatory compliance defense)がほとんど認められない点や、連邦議会の機能不全などを挙げることができる。他方、連邦最高裁の判例については、連邦の専占を認めた医療機器に関する事件と、シェヴロン事件の法理を連邦の専占についてどのように適用するのか、という問題に言及した医薬品の事件が分析の対象となる。

クラス・アクションに対するClass Action Fairness Act 2005 の影響
藤本 利一 (大阪大学大学院高等司法研究科准教授)
Class Action Fairness Act 2005 ( CAFA )は、90年代半ば以降のクラス・アクションの濫用事例を踏まえ、それを抑制するものとして成立した。成立時の合衆国議会は、両院ともに共和党が優勢であったが、この法律を成立させるために8年もの激しい論争が行われたとされる。CAFAは、そのクラス・アクション抑制という目的のために、実体法に修正を加えたのではなく、手続法による規律をそのスキームとしている。すなわち、合衆国議会は、州裁判所と比較して、クラス・アクションの認証に消極的であるといわれていた連邦裁判所の管轄権を拡大することで、その事件数を抑制しようという意図を有していたのであった。ときのブッシュ大統領は、この法律に署名する際、「わが国の訴訟文化を終わらせる重要な一歩」であると宣言した。彼は、この法律を不法行為法改革の第1歩であると位置づけたのである。なぜなら、クラス・アクションの多くは、州の不法行為法を根拠として提訴されるからである。しかし、CAFAは、クラス・アクションという「疾病」の原因を正確に把握し、かつその「疾病」に対する「治療」の効果をあげることができたのであろうか。本報告においては、まずCAFAの概要を示し、そのクラス・アクションに対する規制の特徴を明らかにする。たとえば、CAFAは、州裁判所に対して、連邦裁判所の管轄権を拡充した。この点について考慮されるべきポイントの一つは、従来の管轄権ルールの改革とCAFAによる連邦裁判所の管轄権の拡大がどのような関係にあるのか、ということである。また理論的には、フェデラリズムの観点から論じることも可能であろう。こうしたCAFAに対する評価を踏まえた上で、クラス・アクションに対し、とくにその抑制効果をCAFAが発揮したといえるのか、その影響について若干の検討を行いたい。

医療過誤危機と不法行為法改革の現在
野々村 和喜 (同志社大学法学部准教授)
本報告の目標は、アメリカ合衆国における医療過誤法の現状把握である。その際には、1970年代から繰り返し議論の俎上にのぼってきた『医療過誤危機』とその対応としての『不法行為法改革』との関連を抜きにすることはできまい。とりわけ不法行為法の中核に事故抑止機能をかかげるアメリカにおいては、医療過誤法の意義を読み解く際にも、健全な医療を担保するシステムとしての実効性という視点が重要と考えられる。
1970年代のアメリカでは、医療過誤責任保険料の高騰が医療の健全性を阻害する、あるいは不法行為法は健全な医療の実現にとって非効率的なシステムであるとの問題提起が、不法行為訴訟の抑制を目的にした改革立法を後押しした。1975年にはカリフォルニア州で医原性障害補償改革法(MICRA)が制定され、現在までに、これを範とする制定法が多くの州で成立している。それらは、賠償額の抑制(上限額の設定、併行給付控除ルールの採用など)、訴訟数の抑制(スクリーニングパネルの設置、出訴期限の設定、成功報酬の制限など)、過失認定の厳格化(専門家証言の要求、過失推定則の制限など)を内容とする。
こうした訴訟抑制型の法改革には、当初から憲法違反の疑いが指摘されたが、改革後も訴訟数の増加が止まらず保険料も上昇を続けたこと、いくつかの調査により医原性障害の実態(実際の訴訟数の7倍以上にのぼるとされる)が明らかになったことで、はやくも80年代に、2度目の医療過誤危機が叫ばれるようになった。ただこの時期からは、とにかく訴訟を抑制する(=訴訟による危機)というのではなく、医原性障害の実効的救済ないしは『患者の安全』の実現を主眼に、その角度から不法行為訴訟のあり方(=被害補償の危機)を問う姿勢があらわれはじめ、2000年頃からは、なお保険料が高騰を続ける状況のもと、責任保険市場の利用可能性を担保する施策(=保険市場の危機)へと議論が及んでいる。
本報告では、『健全な医療』の実現に対して不法行為法が如何なる機能を担いうるのか、異なる視点が次々とあらわれた約30年間について、医療過誤法の展開を振り返り、その特徴を浮かび上がらせることを試みる。

環境不法行為訴訟の特徴と新たな動向
大坂 恵里 (東洋大学法学部准教授)
アメリカ合衆国の各種環境法の多くは、1970年代以降に整備されたものである。それらは、行政庁が環境保全や自然保護を目的として規制を行うための環境行政法であり、自然資源損害の回復に関する条項を含む包括的環境対処補償責任法のような例外は存在するものの、公害・環境破壊による人身被害・環境損害の賠償・回復を目的とするものではない。公害・環境破壊の被害者にとっては、パブリック・ニューサンス、プライベート・ニューサンス、トレスパス、異常に危険な活動に関する厳格責任、ネグリジェンス等の不法行為法が、各種環境法が存在する前からも現在においても、重要な役割を果たしているのである。しかしながら、環境行政法の目的と環境不法行為法のそれが異なるとはいえ、両者は全く独立に機能しているわけではない。私人による環境不法行為訴訟の提起・遂行が、行政庁による環境行政法の執行を発動・促進することもあるし、環境不法行為訴訟において、被告が環境行政法に違反したことが、法律上当然の過失と判断される可能性もある。また、連邦環境行政法の専占の問題も、環境不法行為訴訟においてしばしば重要な争点とされてきた。
公害・環境破壊には、長期にわたって多数の被害者を出し、広い範囲で様々な損害を発生させるという傾向があり、それが環境不法行為訴訟に特有の事実問題・法律問題を生じさせることになるが、環境不法行為訴訟の原告が乗り越えなければならない難関のうちの最大のものは、因果関係の問題であろう。原告の被害が特定の有毒物質に起因することや被告が当該有害物質を排出していることを証明するためには――原告の疾患が非特異性のものである場合や当該有毒物質が遅発性毒性を有する場合などには、より多くの困難が伴う――、科学的・技術的な証拠をどのように取り扱うべきかという訴訟手続上の問題も無視できないのである。
本報告では、以上のように、環境不法行為訴訟の特徴について検討した後、近時において判例の展開がみられる分野、とくに気候変動をめぐるパブリック・ニューサンス訴訟について紹介したい。