日米法学会総会

2009年10月3日(土),4日(日)

於:同志社大学新町キャンパス臨光館301教室(紙のプログラムから変更になりました)

 

10月3日(土)午後1時ー5時

座談会「合衆国最高裁判所2008-2009年開廷期重要判例概観」

小杉丈夫(弁護士法人松尾綜合法律事務所)
田中利彦(田中綜合法律事務所)
芹澤英明(東北大学)
浅香吉幹(東京大学)
松本哲治(近畿大学)

 日米法学会では,雑誌「アメリカ法」2000-1号の合衆国最高裁判所1998-99開廷期重要判例座談会以来,毎開廷期の座談会を10回にわたって掲載してきた。今回は,実積を積み上げてきたこの企画の雰囲気を会員の皆様にも共有いただくべく,総会の場において公開で行うこととした。毎回の座談会は7時間程度かかるものであるから,今回の4時間という時間の制約のもとではいつもよりも圧縮したものとはなるが,充実した議論を展開すべく,多分野をカヴァーできるようなパネリストを集めた。
 この企画の目的は1つ1つの判例を深く紹介するのではなく,その開廷期の注目に値する判例を概観するところにある。そしてさらに深い紹介を必要とするものについては,「アメリカ法」の「最近の判例」で紹介されることになる。そのため,今回の座談会ではフロアからの判例の細かな点についての質問に応えることは難しいが,時間の許す範囲で,パネリストとは別の視点からのコメントを受け付けたいと考えている。
 おりしも今開廷期でDavid Souterが最高裁から引退し,Sonia Sotomayorが後任に任命された。今後もこの座談会をより充実したものとできるよう,会員の皆様のご参加を願いたい。
 主として取り上げる予定の判決は以下の通り。
【人権】
Ricci v. DeStefano (6/29/2009) (白人ばかりが上位を占める結果となった消防署員の昇進試験について,統計的な人種的不均衡のみを理由として結果の公証を拒否することは,公民権法第7編に違反するとされた例)
Safford Unified School Dist. #1 v. Redding(6/25/2009) (公立中等学校における,女子生徒に対する胸と下腹部を一定程度露出させての身体検査が,不合理で修正4条に違反するとされた例)
【統治機構・連邦制度】
Polar Tankers, Inc. v. City of Valdez(6/15/2009)(アラスカの市がタンカーに財産税を課したことはトン税条項違反)
【司法・訴訟制度】
Haywood v. Drown(5/26/2009)(州裁判所の管轄権規定を改正して囚人による1983条訴訟を州裁判所に提起できないようにすることは最高法規条項違反)
Caperton v. A.T. Massey Coal Co.(6/8/2009)(デュー・プロセスを根拠として裁判官の回避義務を認定)
14 Penn Plaza LLC v. Pyett (4/1/2009)(労働協約の仲裁合意は,被用者による年齢差別訴訟の提起を禁止する)
Gross v. FBLFinancial Services, Inc(6/18/2009) (年齢差別法の下では,被用者に,差別があることのbut-forの挙証責任がある)
【刑事法】
Arizona v. Gant (4/21/2009)(逮捕に伴う自動車の捜索の範囲につきBelton判決の射程を限定)
Montejo v. Louisiana (5/26/2009)(逮捕後の裁判官面前への引致の際に弁護人選任を求めた者についての取調べを制限した先例を覆す)
【商事法】
Pacific Bell Telephone Co. v. linkLine Communications, Inc. (2/25/2009)(反トラスト法、price-squeezeの否定)
Altria Group,Inc. v. Good, (12/15/2008)(ライト・タバコ訴訟、preemptionの否定)

 

10月4日(日)午前10時ー午後5時

シンポジウム「アメリカ著作権法の動向:デジタル化時代における環境変化と著作権法の相剋」

ローレンス・レッシグ(ハーヴァード・ロー・スクール)
田村善之(北海道大学)
野口祐子(森・濱田松本法律事務所)
芹澤英明(東北大学)
紙谷雅子(学習院大学)
林紘一郎(情報セキュリティ大学院大学)

【概要】
 デジタル化時代を迎え、他人の著作物の利用の機会が増えるとともに、実際に利用される著作物も増えた。このことは、利用の自由を確保する必要性が生じているというばかりでなく、利用される著作物も多種多様になったということを意味する。従来と異なり、権利行使に無関心な著作者の著作物も利用される機会が飛躍的に増大している。
 しかし、利用の自由の確保を求めるユーザーの意向や、著作権を弱体化させてもかまわないと考えている権利者達の意向は、政策形成過程には十分には反映されにくい。
 そのようななかで、本シンボジウムでは、保護期間の延長問題やクリエイティブ・コモンズなど、新たな政策形成過程を模索する運動を実践するローレンス・レッシグ教授を迎え、フェア・ユース、ファイル共有ソフトなどの具体的な問題も視野に入れつつ、そもそも著作権がプロパティーである意味を探り、もって著作権法の将来像を占いたい。

【個別報告要旨】
「基調講演」(10:00-12:00)
ローレンス・レッシグ

「政策形成過程からみた米国著作権法の動向と将来像」(14:00-14:20)
田村 善之
 アメリカ合衆国の著作権法は幾多の改正を経た結果、大雑把にいえば、「複製」「頒布」「公の利用」といった形で相対的に包括的に規制の対象となる行為を捕捉する著作権の支分権を一方の柱とし、個別具体的に相対的に細かく許容されるべき行為を特定して掲記する各種制限規定を他方の柱に置き、さらに従前の判例法理を受け継いで一般的に著作権を制限するフェア・ユースが存するという構造を有している。くわえて、著作者人格権を包括的に承認する明文がなく、著作隣接権も著作権の枠内で保護するに止まり、レコードの保護に関してその取扱いが明定されているに止まる。総じていえば、特定の業界(権利者側であることもあれば、制限規定の享受者であることもある)の利益はロビイングを通じて法改正に反映されるのに対して、業界から離れた個人の創作者や実演家、あるいはユーザーの利益は十分な顧慮が払われていない。これは、少数の者に集中した利益は政策形成過程に反映されやすく、逆に多数の者に拡散した利益は政策形成過程に反映されにくいという公共選択論の妥当性を例証する好例といえよう。そのようななか、ときとして、フェア・ユースによりSony製のVTRの製造販売が適法とされたり、パロディの合法化が図られるなど、バランスを図る試みが裁判所によってなされてきた。
 デジタル化とインターネット時代を迎えて、著作物のアクセスや加工が容易となった以上、ユーザーの利用の自由やクリエイティヴィティの確保のためには著作権の強さを見直したほうがよい旨の提言がなされることが少なくない。しかし、先に述べた米国著作権法に影響を与えうる政策形成過程の構造的なバイアスに鑑みる場合には、このような「何を決めるべきか」という実体的な内容ばかりでなく、「誰にどのようにして決めさせるべきか」という政策形成過程のプロセスに対する配慮も必要となる。
 特に、インターネットにより営利的な事業者ばかりでなく個別の私的なユーザーの著作物までもが、他者に利用される機会が飛躍的に増大した。これにより実際に利用されている著作物のなかで、政策形成過程に反映されない零細な権利者の著作物の占める割合も増している。このことは、ユーザーばかりでなく、現実に利用されている著作物の権利者の意向と現実の著作権法の規範との間の乖離も大きくなっているということを意味する。
 そのようななか、Lawrence Lessig教授が主導した著作権の保護期間を延長する法改正に対する違憲訴訟や、クリエィティブ・コモンズの運動は、司法や草の根の運動を通じた著作権法の政策形成過程のプロセスを改革しようとする試みであるといえよう。
 本報告では、こうしたフロセスの側面にも着目しながら、米国著作権法の動向を紹介するとともに、ありうべき制度像についても模索することにしたい。

「日本におけるフェア・ユースを考える〜米国と比較して」(14:20-14:40)
野口 祐子
 本発表では、まず、例外規定が今なぜ重要性を増しているのかを、技術的変化により生じた著作権の適用範囲の事実上の拡大に照らして確認し、例外規定が著作権法において存在する意義(例えば、法的に著作権保護とバランスを取るべき権利である表現の自由や研究活動の自由)や経済的意義(とくに積極的外部効果の取り込みや取引費用による不完全な市場の問題など)が近年の著作物を取り巻く技術変化によってどのように影響を受けているかを概観する。そのうえで、例外規定の個別規定・一般規定という規定形式の違いが判決の結論に影響を及ぼしたと考えられる事件を取り上げて検討する。最後に、本年8月に一般の著作者・利用者に対して実施した一般規定の導入の是非に関するアンケート結果を紹介し、現在の政策形成過程における議論の内容と比較した分析を紹介する。

「アーキテクチャ時代のアメリカ・サイバースペース法の課題」(14:40-15:00)
芹澤 英明
 インターネットは、通信インフラ層がコンテンツ層のあり方を規定するというアーキテクチャ優位のメディアであって、このことがアメリカ・サイバースペース法の理論と実務のあり方に決定的な影響を与えている。本報告では、アーキテクチャ時代を象徴する現在進行中のGoogle訴訟の動向を紹介しながら、前回の日米法学会シンポジウム「アメリカ法に対するインターネットの衝撃」([1999-2]アメリカ法155-221頁)以降この約10年間に発生したサイバースペース法の主要判例と理論的展開について、私法(財産法・契約法・不法行為法)の観点から検討し、アメリカ・サイバースペース法が解決を迫られている課題及びその解決方向について展望したい。

「ダーラム宣言 --- Durham Statement --- 法律雑誌という学術情報とオープン・アクセスの提言」(15:20-15:40)
紙谷 雅子
 アメリカ法において,(多くの場合,)学生が編集し,ロー・スクールが出版する法律雑誌の重要性を否定することはできない.その存在の大きさ故に,これら法律雑誌に対する批判もまた繰り返されてきた.曰く,学生に学術情報に対する質のコントロール,すなわち,論文の選別と内容に対する介入を認めるのは,自己撞着である.曰く,能力のないものに判断を委ねるという犯罪的仕組みである.曰く,編集の際,すぐに流行遅れになるセクシィなトピックばかりに目を奪われ,学術情報としては必要不可欠とは言えない概略を説明するので論文は長過ぎ,(判断力の不確かさを補うためか)記述の根拠提示を重視するので註は不必要に多すぎる.曰く,裁判官,実務家が読みたいと考えるような州法上の問題を見過ごし,あるいは,実務上のインパクトに乏しい理論が多すぎる.もっとも,いずれも,法律雑誌の存在そのもの,あるいは,現在の出版形態を否定するというものではなかった.
 ところが,2008年11月,シカゴ,コロンビア,コーネル,デューク,ジョージタウン,ハーバード,ニューヨーク,ノースウエスタン,ペンシルヴェニア,スタンフォード,テクサスとイェールのロー・スクール図書館の館長が集まった折に,すべてのロー・スクールに対し,紙媒体による雑誌出版をやめて,安定し,「オープン」なデジタル・フォーマットを用いた電子出版を行うよう呼びかける文書を起草した.2009年2月に,この文書は「法的学術情報へのオープン・アクセスに関するダーラム宣言」というかたちで公表された.オープン・アクセスを奨励する理由として,デジタル化した法的学術情報の利便性を評価し,紙とデジタルという二つのフォーマットを同時に維持する不経済さを指摘した上で,ロー・スクールが直面している財政的状況に対しても,雑誌の印刷配布の経費だけでなく,購入整理等図書館の費用削減としても貢献し得ることがあるとしながらも,より根本的には,法的学術情報がこれまではロー・スクールの出版する雑誌やそれを取り込んでいる商業(法律)データベースにアクセスできなかった法律以外の学術分野の人々や国外の人々にとってもアクセスが可能になること,それ故にロー・スクールが率先して学術情報を維持するためのリポジトリィとオンラインでの法律学術情報のパブリックな索引化についての合意形成の重要性も強調している.
 ダーラム宣言について,オープン,フリー,そして,パブリックなアクセスとコピーライトいう観点から,その意義評価と将来の展望も含めて検討する.

「著作物とProperty、Property Rule、そしてProperty Theory」(15:40-16:00)
林 紘一郎
 著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」であり、わが国では必ずしも有体物に体現されていることを要しない。しかしアナログ時代には、何らかの形で有体物に固定しないと、大量に流通することも消費することも難しかった。したがって、創作者も消費者も、媒体という有体物に着目することを当然と受け止めたので、この特性に気づく人は稀であった。
 ところが新しい時代の到来とともに、デジタルで創作された著作物が、デジタル情報のままネット上を流通し消費されるようになった。そこで、従来は隠されていた「著作物とは情報そのものに他ならない」という特性が露わになり、種々の問題を提起している。デジタル時代の著作権に関する論議は数多いが、この特性について深堀りしたものは必ずしも多くはないので、本報告ではその点に焦点を当てて論じたい。
 私たちは、無体物よりも有体物の方が直感的に理解しやすいし、有体物に関する法体系に慣れてもいる。あるいは、無体物に関する法体系は発展途上にある、と言い換えてもよい。そこで、期間の定めがあるとはいえ長期の排他権を設定された場合に、これを所有権とのアナロジーで考えがちである。英米法に引き移せば、property という概念の中で論ずることになる。Intellectual Property というネーミングが、まさにその好例である。
 しかし、こうしたアナロジー自体が、性格の違いを捨象して安易に同一視する傾向を、助長してはいないだろうか。アメリカの論議においては、property そのものに関する論議から、property rule という概念が生まれ、法学や法と経済学の分野で普及している。さらに、経済学の一部では、property theory という新しい概念が勢いを増している。
 こうした状況を概観し、何が同じで何が違うのかを客観的に考察することは、余計な混乱を避け、真に必要な論点に絞り込んでいく上で、わが国の著作権論議にとっても有益ではないかと考える。また、これを一般化できれば、法が情報という無体物を扱う際の、共通原理を見出せるかもしれない。