2008年9月11日法科大学院英米法総論試験問題解説

I. イングランドでは弁護士費用敗訴者負担制があり,原告被告のいずれが勝訴した場合であっても,敗訴者は自らの弁護士費用のみならず,勝訴者の合理的な弁護士費用を負担しなければならない。長所とされるのは,(1)勝訴者に弁護士費用で目減りすることのない完全な救済を与えうる,(2)勝訴の見込みの高い原告の訴訟を促進する,(3)嫌がらせ訴訟を抑止する,とされるが,反論として,(1)事実について争う余地のある訴訟や,判例の確定してない訴訟など,結果としての敗訴したからといって不当な訴訟活動をしたとはいえない当事者に勝訴者の弁護士費用を負担させることがフェアではない場合が有る一方,個別的な事情を勘案する制度では衛星訴訟の問題が生ずる,(2)勝訴の見込のある原告の訴訟を抑止する可能性がある,(3)嫌がらせ訴訟を抑止する効果は,現実のイングランドを見る限り多くを期待できない,とされる。合理的な弁護士報酬は補助裁判官が認定することになっているが,簡単な事件で報酬の高い弁護士を雇った場合には満額が査定されずに,差額については勝訴者が負担することになる。しかし合理的な弁護士報酬を裁判所が査定することで,弁護士からすると依頼者と高額の報酬契約をすることへの抑止効が働く余地がある。アメリカでは特別法がなければ弁護士費用は各自負担とされている。特別法は人権訴訟などで存在し,条文上は原告被告のいずれが勝訴したとしても敗訴者負担となることとなっているが,実務上は原告勝訴の場合は当然に,被告勝訴の場合は根拠のない訴訟提起であったときにのみ,敗訴者負担とされ,訴訟促進効が期待されている。人権訴訟の場合,差止訴訟のように勝訴しても損害賠償が入ってこないときには,弁護士費用を自己負担するとなると訴訟提起しがたいのであるが,人権団体や公益ロー・ファームでは勝訴によって回収できる弁護士費用を次の訴訟の費用に回転させることで,訴訟促進につながっている。では同じ訴訟が各自負担,アメリカ型敗訴者負担,イングランド型敗訴者負担で訴訟行動に違いが生ずるかを数式にすると(アメリカ型敗訴者負担についての数式は講義では取り上げていないので,答案に書かなくとも気にしなくてよろしい),各当事者の訴訟結果の期待値は
各自負担
○原告:原告勝訴見込額×原告勝訴確率−原告弁護士費用
○被告:被告敗訴見込額×被告敗訴確率+被告弁護士費用
アメリカ型敗訴者負担
○原告:原告勝訴見込額×原告勝訴確率−(1−原告勝訴確率)×原告弁護士費用
○被告:被告敗訴見込額×被告敗訴確率+被告敗訴確率×原告弁護士費用+被告弁護士費用
イングランド型敗訴者負担
○原告:原告勝訴見込額×原告勝訴確率−(1−原告勝訴確率)×(原告弁護士費用+被告弁護士費用)
○被告:被告敗訴見込額×被告敗訴確率+被告敗訴確率×(原告弁護士費用+被告弁護士費用)
となって,結論としては双方強気の場合は各自負担で和解になりやすく,イングランド型で判決になりやすく,アメリカ型はその中間,リスク回避傾向があれば,各自負担で判決になりやすく,イングランド型で和解になりやすく,アメリカ型はその中間となる。なおアメリカ型では和解になる場合には他の制度より原告有利な和解が成立することになる。

II. 依頼者とバリスタを隔離することによってバリスタの法廷弁論が生の利害から離れた客観性の高いものとなる。その結果,両バリスタと裁判官とで客観性のある判例形成という,法曹一元の理想形の基盤が作られる。当該事件に相応しいバリスタを依頼者が見つけるには情報に乏しく,情報を有するソリシタを間にはさむことで,依頼者にとってもっとも適切なバリスタを選ぶことができる。依頼者がかならずソリシタとバリスタに報酬を払わなければならないとなると,依頼者にとって負担となり,それにたえきれない訴訟を抑止してしまいかねない。禁止は1989年から緩和し,2003年から一般の依頼者についても認める。しかしもともとバリスタは依頼者と面接して情報を収集したり,証拠を集めてまとめるという訓練をしておらず,その作業をソリシタに委ねていた。実際には銀行や大企業などソリシタなしに自前でその作業をできる依頼者のみがバリスタにdirect accessし,その能力の無い依頼者がバリスタに直接依頼をしたとしても,バリスタの方からソリシタを経由しての依頼を要求することができる。

III. 損害賠償額を認定するのも陪審の役割であるが,裁判官は証拠の関連性の判断や説示を行う。比較的に算定の基準のある填補賠償はともかく,精神的損害賠償や懲罰的損害賠償については,陪審が合理的に妥当と考える額という抽象的な説示しかしようがない。相場を示すことは具体的事案の判断をしなければ陪審の任務と相いれないということで厳禁。賠償額についても全員一致原則があるので,陪審員全員が持ち寄った額を平均することは許されず,精神的損害賠償や懲罰的損害賠償について細かい評決額が出されると不適切な評決との疑いからnew trialの可能性がある。懲罰的損害賠償が可能な事件かを判断するのは裁判官であるが,懲罰的損害賠償がなくとも十分な制裁となると陪審が考えるのであれば懲罰的損害賠償を追加しなくてもよろしい。評決のうち損害賠償額の多寡のみが問題なのであれば,裁判官は,不利益となる当事者の同意を得て,new trialに代えてremittiturまたはadditurできる。

IV. 第14修正は州を名宛人にしていることから,state actionの要件があるとされている。その要件は第1節の平等保護等の憲法規定を直接に適用する場合のみならず,第1節を実現するための第5節の連邦議会の立法権限にも及んでいるとされる。State actionのため憲法上許されない人種差別は州の行為を背景にしたものだけで,純粋に私人が私人として行う人種差別は違憲の対象とはならない。私人が社会的に重要な役割を果たしているからといって公的な存在としてstate actionの要件を満たすなどというマジックはない。しかし私人の行為が州法を根拠と行われているのであれば,その行為はstate actionの要件を満たす。また私人の行為であっても州政府の援助や是認を受けると,その援助や是認が違憲のstate actionとなって,関連する私人の行為も無効となることがある。だから私人が自分自身の意思で,あるいは私人間の合意に基づき,黒人に不動産を譲渡しないことは違憲とならないが,私人間の合意が破られたとき,その救済を州の機関である州裁判所に求めたとしても,州裁判所は人種差別を支援する救済を与えられない。弁護士懲戒は州最上級裁判所が最終権限を担っているので,州弁護士会による弁護士懲戒処分はstate actionの要件を満たす。理由なしの忌避は,私人間の民事訴訟の場合でも,州の手続法に基づき州裁判所の法廷において行われる以上,人種差別的な理由なしの忌避も違憲として否定されうる。他方,民間のレストランが黒人お断りとしたり,民間企業が黒人を雇用しないことは,(州際通商条項を根拠とする立法は別として)第14修正を根拠としては禁止されていない。私立大学が白人しか入学させないとしても,第14修正は問題としないが,その大学に州政府が補助金を与えると,そこにstate actionが発生して,人種差別教育を州政府が支援していると評価され,違憲となりうる。