2005年9月10日(土)ー11日(日)日米法学会総会プログラム

京都文教大学(京都府宇治市槙島町千足80番地)

9月10日(土)午後1時30分ー4時50分
ワークショップ「日本の法令の英語訳:現状と展望」

■「政府における日本法令外国語訳の推進の現状と悩み」
 柏木昇(中央大学)
(1)司法制度改革推進本部国際化検討会での議論状況と議論のとりまとめの内容
現状の問題点、ニーズ、基本方針、その後の進展
(2) 司法制度改革推進本部での作業状況と今後の計画
(3) 作業を進める上での予想される諸問題(個人的意見)
(i) 翻訳作業を担う人たちの体制
翻訳作業は割に合わない奉仕。できれば、英語を母国語とする人が英訳をすることが望ましい。
(ii) 新法や改正対応や訳語の改良などの継続的作業の体制
官か民か、中間団体か。商業ベースでは採算が取れないことの対策をどうするか
(iii)訳語の選択の問題
コモン・ローに対応関係の全くない法律用語から似たような言葉はあるが細かい点で異なる場合までいろいろある。(たとえば「法律行為」「担保権」)(「抵当権」とmortgage、「先取特権」とlien、さらにたとえば、「債権」、破産法の「否認権」、「善意」と「悪意」、「対抗する、対抗力」、「故意、過失」)
日本語法令用語の独特の表現も翻訳は難しい。(例えば「…等」)
ガイドとなる基準は、「英語を母国語とする人ができるだけ近いイメージを抱く分かりやすい英語」に置き換える、ということ。
同じ日本語法律用語でも、コンテクストにより異なった訳語を採用する。(注でその旨を明示する)
ローマ字表記は原則排除。
(iv)訳文の基準
分かりやすさを正確さに優先させる。法令の英訳の目的は、原語による正確な理解が出来ないが英語を理解する人にも理解してもらうために、(原語による正確さを犠牲にして)翻訳を行うものである。英語で理解できること、が正確さに優先されなければならない。
正確さは「注」で補う。直訳の排除。

■「会社法の翻訳作業の実地体験から」
 武井一浩(西村ときわ法律事務所)
 商法及び商法特例法の条文の翻訳を作成し、「英訳会社法」(商事法務、2003年)の刊行を行った。その際の経験を踏まえて、日本の法令の英語訳にあたっての実務的観点からの留意点などを説明する。ある程度まとまった人員を投入しないと完成しない仕事であること、単なる英語能力だけで完成できる仕事ではないこと、日本法と英米法との概念の相違に対する理解など両国の法制度についてのある程度のバックグラウンドが必要となる専門的作業であること、日本語と英語との言語としての違いにも留意すべきであることなど、実体験での苦労話を中心に語ることとする。

■「法令データ情報の管理に基づく法令英訳プロジェクト」
 松浦好治(名古屋大学),外山勝彦(名古屋大学)
 日本法を継続的に英語に翻訳し、しかも翻訳成果が全体として一定の品質と統一性を保つようにするためには、法令データを管理し、質の高い翻訳を支援するシステムが必要である。
 この報告の第一の目的は、法学者と情報科学者のグループが具体的にどのようなシステムを構築しているのかを報告することにある。たとえば、既存の法文とその英訳からどのようにして、翻訳用の基本辞書(翻訳辞書)を作りだすのか、基本辞書その他を使って翻訳案をどのようにチェックするのか、翻訳辞書をどういう方法で進化させるのか、さらには、翻訳専門家のためにどのような支援ツールを提供するのかを紹介する。
 第二の目的は、翻訳物の品質を評価し、向上させるために、専門家のネットワークが必要であることを論じ、その構築の方向性をある程度提示することである。たとえば、翻訳辞書や法令とその英訳データは、インターネット上にあることを前提に、インターネット上でどのような専門家のネットワーク群を作り出すのが望ましいかを話題にする。
 第三の目的は、内外の専門家のネットワークに支えられる英訳法令プロジェクトは、注釈や補足情報を追加・蓄積するといった工夫を少しすると、少し工夫すると、新しいダイナミズムをもった国際的な比較法研究の生成につながる可能性を秘めていることを論じることである。

■コメント
 マキロイロバート(慶応義塾大学)

 

9月11日(日)午前10時ー午後5時
シンポジウム 「9・11後のアメリカ法を考えるーー『テロとの戦い』とそのインプリケイション」

 2001年9月11日の同時多発テロ以来,アメリカでは,さまざまな分野で法的,政治的に特徴的な動きが続いている.捜査機関の権限を大幅に拡大,強化するとともに,外国人の抑留,拘禁に関する司法審査をまったく形式的なものとするUSA PATRIOT Actの制定は,専門家や人権団体関係者らによって厳しく批判されてきたが,同法に限らず,(1)行政の透明性の確保,(2)権力部門相互の「抑制と均衡」,(3)法の下の平等,といったアメリカ法の伝統的な理念をことごとく軽視するかのようなブッシュ政権の姿勢は,激しい論争を引き起こしてきた.特定の国や地域からアメリカに入国した男性らに対する人種選別的な尋問,抑留,拘禁の問題,グアンタナモ湾基地内に収容されている外国人らの取扱いの問題などは,こうした文脈の中に位置づけられるものと言える.
 アブ・グレイブ収容所での虐待事件が国際社会に驚きをもって受け止められ,被拘束者から情報を引き出すために拷問を加えることを許可する権限が大統領にあるとした司法省の内部資料が世論の批判にさらされる中,合衆国最高裁は,2004年6月28日,合衆国軍によって身柄を拘束されている人々の権利に関わる3つの判決(Rasul v. Bush, Hamdi v. Rumsfeld, Rumsfeld v. Padilla)を下し,「テロとの戦い」を強力に押し進めてきた大統領の権限に憲法上の歯止めをかけた.これらの判決は,「法の支配」を「テロとの戦い」の障害物であるかのように扱ってきた現政権に対する最高裁の「力強い意思表示」(Steven R. Shapiro)ととらえられ,歴史的な意義を持つものとも受け止められている.
 テンプル・ロー・スクールのグリーン助教授,情報法の専門家であるウィニック弁護士をアメリカから迎え,国内からはそれぞれ政治学,憲法,国際法を専門とする3名のパネリストを得て,9・11後の変化にさまざまな角度から光を当てることを試みる.

■Judging Executive Detention: The War on Terror and World War II
  R. Craig Green (Temple Law School)

■通信法、ビジネス法への影響
 Joel S. Winnik(Hogan & Hartson LLP)
 USA PATRIOT Actの問題点や改正に向けた動向などを含め,情報法,通信法の専門家としての立場から,これらの分野の現状と今後の展望について報告する.

■9・11後の北緯49度国境線
 鈴木健司(同志社女子大学)
 9・11テロ発生時には緊急着陸したアメリカ旅客機と乗客の退避に貢献したカナダだったが,その後,アメリカは,カナダがテロリストの進入経路となっているとして非難し,警戒を強めた.さらに,イラク戦争やミサイル防衛プログラムへのカナダの非協力といった事情も重なり,米加関係は,外交レベルはもとより国民意識のうえでも冷却化が著しい.
 世界最長の無防備な国境線と言われてきた米加国境は,両国の協力のもと,管理体制の強化が進行している.本報告では,9・11がアメリカに及ぼした政治的,社会的影響を,米加関係に焦点を当てながら,北米大陸という視野から検証したい.

■9・11と日本国憲法
 藤井樹也(筑波大学助教授)
 9・11の後,アメリカ社会は「テロリズムとの闘い」を余儀なくされたが,その一方で憲法が保障する自由との間に大きな緊張が生じた.そして,平時には許されない自由の制限が非常時には許されるのか,「最も厳格な審査」によりながら自由の制限を正当化したKorematsu判決(1944)の理論が現在でも妥当するのか,緊急事態においては憲法の例外をみとめるべきかといった問題を,改めて考える必要に迫られている.
 これに対して日本では,日本国憲法9条との関係で従来から国家緊急権や非常事態についての議論があったが,必ずしもテロリズムを念頭においたものではなかった.また,日本ではアメリカ憲法学から受容した審査基準論が独特な形で展開されており,審査基準の使い分けについては熱心に論じられてきたが,実際に何が“compelling interest”にあたるのか,どのような場合に権利を制約する正当事由があるのかという点については,必ずしも明らかにされてこなかった.9・11後のアメリカ憲法の動向は,このような問題を考えなおす手がかりを与えている.
 本報告では,まず,9・11後のアメリカ憲法の動向を概観し,つぎに,それが日本の憲法理論に及ぼす影響について検討する.

■アメリカにおける国際法言説と9・11後の「アラカルト多国間主義」: 国際法へのコモン・ロー法律家的なアプロウチ
  佐藤義明(東京大学)
 あるイタリアの法律家は,9・11後のアメリカによるアフガニスタンへの武力行使に対して,国際法を「ファジィな」ものにするため好ましくないと批判している.ここで想起されるのは,あるアメリカのある法律家が,アメリカの国際法言説は大陸法法律家的なアプロウチと対置される「コモン・ロー法律家的なアプロウチ」を特徴としており,それは法の「ファジネス」を積極的に評価するものであると主張していたことである.
 このような国際法言説と9・11後の「アラカルト多国間主義」とが結合するとどのような帰結がもたらされるのだろうか.この報告では,この問いを通して,アメリカにとって国際法とはどのようなものか,を考察する.

■ 総括
  安部圭介(成蹊大学,企画・司会)